白眼視

7. 使い魔(第壱幕)

「良い子じゃ…」

本来の姿を取り戻した仔犬を
十六夜は愛しげに抱き締め撫でている。
そして仔犬も又
人に抱かれる感触を久々に思い出したらしく
愛らしい甘える声で何度か鳴いていた。

終わったな
「あぁ…。これが、浄霊か…」
祓った方が楽だけどさ
「…そうかも知れないけど」
ん?
「何て言うか、凄ぇ…」
……
「【村雨】?」
良い奴だよ、お前さんは

十六夜は膝をついた状態からゆっくりと体を起こす。
その際、耳に届いた声に思わず眉を顰めた。

「何あれ? 気持ち悪い…」
「頭可笑しいんじゃねぇの?」

一連の言動は資質を秘めた者しか確認出来ない。
一般人から見て彼等の行動は異質を極めていた。
いつの間にか周辺には野次馬が集い
物珍しそうに、それでいて莫迦にする様な目で
彼等を見つめ、口々に言葉を吐いていた。

「……」

十六夜は目を閉じ、身動きしない。
何度か こう云う経験はし、
その度に やはりこう云う目に遭ってきた。
仕方が無い事だと自分を納得させ、
何度も唇を噛み締めて耐えてきた。

それでも…辛いのだ。
理解されぬ世界で生きて行く事は。

「見世物じゃねぇんだよっ!!」

十六夜を現実に引き寄せたのは
周囲に響き渡る朔耶の声だった。
鋭い剃刀の様な切れ味を秘めた声。
十六夜を庇う様に立ち周囲を睨み付ける。
彼の気迫に野次馬達は気圧される。

「見世物じゃねぇって言ってんだよ!
 何か文句あんのか、おらっ!
 上等だ、口でも手でも掛かってきやがれっ!!」
「さ…朔耶?」
「お前は黙ってろ、十六夜っ!」
「?!」

仲裁に出ようとした十六夜を牽制し
朔耶は殺意を篭めて更に睨み付ける。

「見えねぇ、聞こえねぇを良い事に
 手前等は逃げてるだけじゃねぇか!
 気侭に手に入れ、飽きたら捨てて
 全て終わったつもりかよ!
 けっ、反吐が出るぜ。
 手前等、何様のつもりだっ?!」

野次馬は一人、又一人とその場から逃げる様に去って行く。
反論する者は誰も居なかった。
只、煩わしい事から逃げただけだった。絡まれては大変、と。
それが尚更、朔耶を苛立たせたのは間違い無い。

「下らねぇ連中のクセしやがって…」
「朔耶、もう良い」
「何が!」
「もはや誰も居らん。此処に居るのは、我等だけぞ」
「……」
「ありがとう、朔耶」
「あん?」
「お主は、私の気持ちを代弁してくれた。
 それが…私には嬉しかった……」

十六夜は微笑んでいる。静かに、そして優しく。

「帰ろう、朔耶。我々の家へ」
「…そうだな。帰ろう」

そっと出された十六夜の手を朔耶は固く握り返した。
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