願 い

7. 使い魔(第壱幕)

帰宅後、十六夜はそのまま食事も取らずに眠ってしまった。
今日の一件は心身共に堪えたのだろう。
そう思ったからこそ、朔耶は起こそうとはしなかった。

俺の時と同じだ
「ん?」

【村雨】とは違う、もっと幼い声。
その主を探してみると
声は自分の足元から聞こえてきた。
使い魔の管狐である。

俺も、主に導かれた
「お前、喋れるのか?」
話せる。問題無い
「随分確りと人語が話せるんだな…」
俺も、彼奴アイツも話せる
「彼奴って…式神の鳩の事か?」
そうだ。造作も無い
「大したもんだ…。流石は十六夜の使い魔、か」
主の力は主の物。
 そして『陰と陽の交じり合う先』に有る物

「ん? どう云う意味だ?」
いずれ判る

管狐はそう云うと視線を別の方へ向けた。
何かを発見したらしい。

来たぞ
「来たって…あれ?」

確かに自室の扉の先から気配がする。
朔耶も同じ様に視線を向けると
其処にはあの仔犬の霊が立っていた。
どうやら憑いて来てしまった様だ。

「お前…天に還った筈じゃ……」
……
「どうした?」
傍ニ、居タイ
「傍? 十六夜の傍にか?」
一緒ニ、居タイ…
「困ったなぁ…」

十六夜は未だ、深い眠りの中である。
起こすのは忍びない。
しかし、この迷える仔犬の霊をそのままには出来ない。

傍に居れば良い

朔耶の代わりに答えたのは管狐だった。

「え? ちょ、お前…」
問題無い。俺もそうだった
「え?」
俺も、主の傍に居たいと強く願った。
 主はその願いを叶えてくれた。
 この子の願いもきっと叶えてくれる

「願い…か」

人に捨てられ、人を恨んだ筈の魂が今こうして人を欲する。
この仔犬の願いが『十六夜の傍に居る事』ならば
それを叶えてやる事は…贖罪になるのだろうか。

「…傍に居るが良い」
「十六夜? お前、起きてたのか?」
「声が聞こえた」
「声?」
「その者の声が、な」

眠りに就いていた筈の十六夜は
そのままゆっくりと上体を起こし
優しく仔犬を手招きする。

「おいで。兄弟達もお主を歓迎している」
…ワウン!

仔犬は跳ねる様に駆け出し、
十六夜の胸に飛び込んでいった。

その左胸、あの痣が在る場所が
やはり淡く輝いているのを朔耶は確かに見た。

「これが…お前の【力】なんだな」

朔耶の言葉は聞こえているだろう。
しかし十六夜は肯定も否定もしない。
黙って静かに朔耶を見つめるだけだった。
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