命 名

7. 使い魔(第壱幕)

ゆっくりと一歩、又一歩と
朔耶は目の前の女に近付いて行く。
表情、動き、どれも変化は無い。

「朔耶…」

十六夜も又、静かにその様子を見ていた。
後を追う素振りは無い。
朔耶の意を尊重し、留まっている。
ただ、その拳は硬く握られたままだった。

そのまま女の横を擦り抜ける一瞬。
朔耶は視線を前に向けたまま、
女の耳に届く様に低く静かに呟いた。

其奴ソイツ迄捨てたら、地獄に叩き落してやるからな」

女がギョッとした表情で朔耶の方を振り返る。
しかし彼は何も言わず、そのまま通り過ぎて行った。
立ち止まったまま、女は肩を震わせている。
丁度、女自身が仔犬を捨てた…あの場所で。

* * * * * *

その夜。

朔耶が新鮮な牛肉を刻んでドックフードを作った。
仔犬は最初驚いたが、
食べても良いと言われた瞬間エサに飛びついた。

「キッチリ躾されてたんだな、お前。
 行儀も良いし、お利口さんじゃないか」

優しく頭を撫でてやりながら
朔耶はこの小さな魂の痛みを感じ取っていた。
霊体となった今でも、受けた傷は残っている。
消え去る事の無い【事実】として。

「名を」
「ん?」
「名を付けてやるが良い」
「十六夜…?」
「考える時間は、有ったのだろう?」
「まぁな…」

一応時間は有った。
しかしこの度のゴタゴタでそれ所では無かったのだ。
流石に十六夜に対して、その様な事は言えないが。

「そうだな…」

朔耶はふと、TVで流れるDVD映像に目をやった。
自分が愛して止まない作品と
その中で一際輝く三人の若者の姿。

「…決めた」

朔耶はそう呟き、盛大に頷く。
十六夜と使い魔達は驚いた表情を浮かべていた。

「先ずは狐ちゃん。お前は今から【ハヤト】だ」
ハヤト、か?
「そう。で鳩ちゃんは…【ムサシ】な」
ムサシ…。武蔵……
「で、最後にワンコちゃん。お前は【リョウマ】だ」
ン?
「お前達、三体の力を一つに合わせて
 主たる十六夜を確りと守るんだぞ!」

十六夜は暫くその様子を眺めていたが、
ふとTVの映像に目をやって苦笑を浮かべた。

「成程、【下駄ろぼ】からか…」
「安直だと笑うなよな」
「笑いなどせぬ。良い名を賜ったのだから」
「十六夜…」
「良かったな、お主達。
 この素敵な名を与えてくれた朔耶の事も
 主と同様に思い、慕うのじゃぞ」

十六夜の言葉に朔耶は驚いた様だったが
名を与えられた使い魔達はそれを理解したらしく
嬉しそうに声を上げていた。

「家族が増えた。そう云う事じゃ」
「あぁ、そうだな」

十六夜の微笑みに、朔耶も笑みを浮かべて返した。
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