転 機

8. 葛藤(第壱幕)

十六夜を家に迎え、家族同然の暮らしを送る様になって早半年。
最初は表情も重く、口も堅かった彼が
近頃は別人の様に穏やかな笑みを浮かべ、常に自分の隣に居る。
当たり前となりつつあるこの状況に、
朔耶はもう少しだけ高望みを抱いていた。
切っ掛けは、寿星の一言。

「兄ぃ。最近は遊ばないっスね」

そう言われればそうだった。
最近はソッチ方面がトンとご無沙汰である。

(んな事言ってもなぁ…。
 女は食い飽きたし、他の男で遊ぶ気も湧かん)

嘗ての自分とは全く違う。
こんな執着心は持った事等無かった。
生命を懸けて愛するのならば
この世界でたった一人居れば充分だと。

(俺にとってそれが…十六夜だっただけだ)

だからこそ今迄はこの関係を大切にしてきた。
しかし、それだけではやはり何かが足りないのだ。
日々、加速していくこの想いの強さ。心の渇き。
それを満たせるのは、何であるのかも解っている。

(問題は…だ。それに十六夜が答えてくれるかどうか。
 本当にそれだけなんだよな)

自分らしくない悩みに苦笑を漏らしつつ
表家業の相棒である愛機のカメラに手を伸ばす。
ここ最近は少し手入れを怠っていた。
今日辺りで念入りに調整を行おうかと机に置いていたのだ。

「そうだ」

朔耶はカメラに微笑みかけながら言葉を紡ぐ。

「今度。十六夜を撮影に誘ってやろう」

* * * * * *

何を考えてる?

背後の声に対し、十六夜は無言のままだった。
背中を向けたまま、何も語ろうとはしない。

まぁ…お前さんの考えている事位は【読める】がな
「ならば聞くな、【村雨】」
これまた随分な返答だな。素っ気無い

腕を組み、十六夜は相変わらず窓の外の風景を見つめたままだ。
だがその表情は非常に重く、何処か痛みすら感じる程。

それ程迄に【怖い】のか? 愛に溺れる事が
「……」
解らんねぇ~。お前さん程の男が何をそんなに脅える?
「黙れ」
朔耶を認めてるんだろう? なら、良いじゃねぇか。
 彼奴アイツの想いに答えてやっても

「彼の者は…【違う】かも知れぬ」
何が違うって?
「……」
肝心な事をはぐらかしてちゃ意味が無いでしょうが。
 矛盾してるんじゃないの、十六夜さんよ。
 アンタ、仲間を【信じてる】って口にするけどさ
 実際は何も『真実を語ってない』じゃない

「…巻き込みたくないだけじゃ」
だから、何からよ?
「……」
一人で戦っていけるのにも限界があるでしょうが。
 千年以上生きててさ、そんな事も気付かないのかね?

「生きたくて生きていた訳じゃない…。
 叶うのならば、あの時に……」
そんなに恋い焦がれる相手なのかね。心の奥底に眠る【彼】ってのは

十六夜の口からは深い溜息が漏れている。
意識体と成り、人の姿をとった【村雨】は
背中を向けたままの十六夜にそれでも声を掛けた。

でも、惚れちまったんだろ? 朔耶の奴を。
 それに対してはどう思ってる訳? 彼奴、本気マジだよ?

「…解っておる」

それだけを呟き、十六夜は再度黙り込んでしまった。
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