三日月

8. 葛藤(第壱幕)

深い深い森の中。与えられる温もりだけが全ての世界。

「私は…其方そなたがさえ居れば、それだけで……」

風で消される愛しい声。唇の動きだけで発された言葉の意味を知る。

「私も…同じじゃよ……」

唯、そうとしか伝えられなかった。
この後の悲劇を先に知っていれば、
少しは事態を変えられただろうか。
自分の本当の気持ちを言の葉に乗せて
伝える事が出来たのだろうか。

* * * * * *

頬に流れる涙の感触で目を覚ます。
視線をそっと横に送ると、朔耶はまだ眠っている様だった。
熟睡を邪魔しないようにと
十六夜はそっとベッドから抜け出し、窓の外を見やる。
藍色に染まった夜の空を照らす三日月。

暫くは黙って月を眺めていたが
何者かの視線を感じて、十六夜はゆっくりと振り返った。

「…【村雨】」

意識体の【村雨】だった。腕を組み、渋い顔で十六夜を見つめている。

「まだ何か有るのか?」
有る
「…くどい」
そう言われても、俺だって引っ込みが付かねぇもんな。
 契約者の為にも、知る必要が有る内容だと思ってるし

「知る必要等無い」
それを判断するのはお前じゃねぇ。俺だ
「…っ」
【虎徹】の奴から聞き出そうとしても巧くいかねぇ。
 彼奴アイツ、何かの術でも掛かってるのか?
 【妖刀】同士で意思疎通も出来ないなんて異常だぜ

「……」
都合の悪い事は全てダンマリかよ
「…此処では、話せぬ」

十六夜の視線は【村雨】から朔耶に移っている。
朔耶には聞かれたくない。そう云う事なのだろう。

じゃあ外で話そうぜ。
 あぁ、お前はちゃんと浴衣を羽織りな。
 褌一丁のその姿じゃ裸同然だから

「…言われなくとも」

椅子に掛けてあった浴衣を取り、素早く羽織ると
十六夜は【村雨】の後について静かに部屋を出て行った。

* * * * * *

久々に愛用の風水羅盤らばんを取り出し、庭に出て吉凶を読み取った。
この様に月の明かりが強い夜は気が高揚するのか
普段では感じ取れない異変も手に取る様に判る。

「気の流れが激しさを増している…」

月光を浴びる羅盤を優しく撫でながら
乾月は眉間に皺を寄せて呟いた。

「こんな夜は…嫌な感じだな。
 あの日を思い出して眠れやしない」

あの日。
十数年前、突然 姿を消してしまった十六夜。
何も残さず、何も告げず。
風の様にその姿を消し去ってしまった。
散々探し回っても、遂にその姿を捉える事すら出来なかった。

「もう、あんな思いはしたくないもんだ」

心に移りゆく様々な思いを乗せて乾月はそう独り言ちた。
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