秘密の共有

8. 葛藤(第壱幕)

『お前は、この私だけの所有物』

時々魘される悪夢。そしてあの声。
思い出されるのは遥か昔。
木々と土の匂いに包まれた、薄らと陽の光がさす程度の空間。
私と、彼だけしか居ないその世界が
呆気無く目の前で消え去ったあの瞬間を…
私は何度夢に見て、脅えればいいのだろうか。

目の前が赤く染まる。炎と、血に彩られる。
繰り返される。私が存在する限り。
それが解っていても、私は自らの生命を絶つ事すら出来ない。
私の存在は、既に私だけのものでは無くなってしまったから…。

* * * * * *

境内の林で【村雨】は一連の話を聞き、悟った。
十六夜の置かれている立場、逃げられぬ定め、そして自分達との繋がり。

そりゃ…誰にも話せないわなぁ……
「……」
でもどうするんだい? 其奴ソイツはいずれ、姿を現すんだろ?
 此処に居たって見付け出されれば…

「何時かは去らねばならない。そう思っていた…」
乾月の時と同じ様に、かい?
「あぁ……」
嘗て奴から乾月を守る為に、お前さんは姿を隠すしかなかった。
 あの時と同じ様に又 姿を晦ますつもりか?

「現状であの男と太刀打ち出来る者は誰も居らん」
それはお前でもって事かい?
「……」
成程。唯一倒せるとしたらお前さんだけなんだな。
 だが、お前さんには奴を討てない【理由】が有る

「私は……」
勘違いしなさんな。俺は別にお前さんを責めやしないよ。
 例え【能力】で上回っても、それだけで勝てる【保障】は無い。
 奴と戦うには、確実に奴を葬らなければならないって事さね

「あぁ……」
まさか…まだ存在していたとはね。【陰陽鏡おんみょうきょう】の有資格者
「……」
陰と陽とを繋ぐ者。お前さん以外にも居たか
「【村雨】…」
その男であれば、俺達【妖刀】を我が物にも出来るって訳だ
「可能性は、有る。私が契約前のお主を行使出来た様に」
冗談じゃねぇぞ、全く…

【村雨】は派手に悪態を吐くと、
視線を朔耶の部屋が有る二階の窓へ向けた。

彼奴アイツがもう少し強くなってくれれば、見込みは有るかい?
「……」
どうよ、十六夜? 朔耶はなかなか面白い素材だ。鍛えれば更に伸びる
「私はもう…朔耶をあの男と対面させたくはない。戦わせる事も…反対だ」
それは、彼奴が【前世同様の道】を辿る事になるから、か?
「……っ!!」
まだそうと決まった訳じゃねぇんだ。諦めるのは早過ぎるぜ。
 昔は確かに負けたかも知れねぇが、
 彼奴だって伊達に生まれ変わった訳じゃ

「【村雨】よ。お主は朔耶が本当に転生体だと思っておるのか?」
お前の口振りからして、確信が有って傍に居るんだと思ってたがな
「確信、か……」

十六夜も【村雨】同様、二階の窓に視線を向けた。
その横顔は何とも言えず悲しげで、今にも泣き出しそうな程であった。
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