悲しき決意

8. 葛藤(第壱幕)

「朔耶だけは死なせぬ」

何かを決意したのか。十六夜はそっと目を閉じるとそう呟いた。

十六夜…
「例えどんな事が有ろうとも、朔耶だけは死なせたりせぬ。
 この生命を以ってして、今度こそ護り抜く」
それが、お前の【愛の形】か
「左様。そしてこれが…私の【結論】だ」

十六夜は【結論】を強調して語った。其処に秘められた想い。
嘗ての敗戦が、十六夜の心に深い傷を残したままだと云う事も
【村雨】には痛い位に理解出来ていた。

なら、俺からの忠告は一つだけ。
 今は何が遭っても朔耶から離れるな。護れるのはお前さんだけだ

「【村雨】…」
今の彼奴アイツには俺も居る。そう簡単に討たせやしないって!
「…そうだ。そうだな。今の朔耶には友も多い。
 もし私が居なくなったとしても、寂しくはあるまい……」
十六夜、お前さん……

【村雨】はそれ以上何も言えなかった。
十六夜の静かな表情、そして開かれた眼の覚悟の色が言葉を止めた。
以前の意識共有の際に覗き見た十六夜の過去の映像、
そして今の彼の証言。
十六夜の考えが手に取る様に解る。その悲壮感漂う決意も。

だがな、十六夜。これだけは忘れないでくれ。
 朔耶はきっと悲しむと思うぜ。
 お前が居なくなってしまったら


十六夜本人に告げる事が躊躇われたこの言葉。
果たして彼の心に届く日が来るのだろうか。
それは…誰にも判らなかった。

* * * * * *

昼間、朔耶がブラブラと街を彷徨っていたら
同じく暇を持て余している鳴神に出くわした。
仕事外で会うのは本当に珍しい事である。

「今日はフリーか? 付属品は?」
「十六夜の事を言ってるのか?」
「そう聞こえた? じゃあそう云う事で良いや」
「十六夜に失礼だろう。謝れよ」
「本人が此処に居ないんじゃ意味無いじゃん」
「……本当に腹の立つ奴」

鳴神は意に介さない様でフフっと笑みを浮かべたまま近付いて来る。

「な、何だよ…?」
「お前、十六夜とは寝てないんだ」
「はぁ~?」
「昔のお前なら済し崩しで抱いてモノにしてただろうに。
 どうして今回に限って手を出して無いのかな? 朔耶君」
「五月蠅ぇよ。お前には関係無ぇだろ?」
「単に面白いからさ。今のお前、まるで憧れを前にした童貞だもん」
「黙れっつってんだよっ!!」

挑発されている事は解っている。頭では理解出来ている。
だがムキになって反論した所で空しさも有った。
確かに、自分は十六夜と関係を繋ぎたい。心も身体も所有したい。
しかし十六夜は答えてくれるのだろうか。拒まれないだろうか。
そう思うとどうしても後一歩に踏み出せない。怖いのだ。

「お前にどうこう言われなくてもな! 俺は彼奴を抱くよ!!
 誰にも触れさせない! 俺が生涯賭けて護ると決めたんだからなっ!!」

半ばヤケクソで朔耶は去り行く鳴神の背中に吼えた。
Home Index ←Back Next→