火蓋を切る

8. 葛藤(第壱幕)

「起きた?」

朔耶は気配を察したのか、ゆっくりと体を傾けて
そっと腕を伸ばし、十六夜の髪を優しく撫でた。

「疲れたか? 痛くなかった?」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「あぁ、問題無い」

十六夜は微笑を浮かべてそう答える。
其処に十六夜の心は裏は見出せない。完璧に隠し切っている。

「漸く、お前を俺だけの存在に出来たな」

朔耶はまるで子供の様な笑顔を浮かべてそう言った。

「夢を見ているみたいだ。本当に俺、お前を抱けたんだって」
「夢ではない。真実じゃよ、朔耶」
「そうなんだよな。…まだ信じられないや」

嬉しそうな朔耶の笑顔と声。それを目の当たりにする度 心が痛んだ。
自分はやがて、この優しい男を捨てなければならないのだ。
例えそれが『この男を護る為』であったとしても。
いつか訪れる別れの気配が一層色濃く感じられる。

「十六夜?」

不意に声を掛けられる。朔耶は心配そうに此方を見ていた。

「やっぱりさ、疲れてるんじゃないのか?
 俺も嬉しくてついつい乱暴になっちゃってたかも知れねぇし…」
「そんな事は無い。お主は優しく接してくれていたよ」
「でもなぁ…。やっぱ、こう云うのって受け止める側は…」
「…もう少し、横になるかな」
「その方が良い。うん、少し休めよ」
「そうする」
「あぁ」
「……」
「十六夜?」
「傍に…」
「?」
「傍に、居てもらえるだろうか?」
「当たり前だろ。ほら、俺の腕を枕にして良いから。
 もっと俺に近付いて寝れば良いよ。安心するから」
「……朔耶」
「お休み、十六夜」
「お休み、朔耶……」

言われるままに頭を朔耶の腕に預け、十六夜は眠りに就いた。
肌越しに伝わる体温が、鼻孔を擽る汗の匂いが
不思議と十六夜を安眠へと誘う。

また一筋、涙が落ちた。

* * * * * *

夜の街角。人々が往来する、正に隙間。
人知れず闇が形取り、ざわめき始めている。
又【魔】が生み出されている。
それを水晶玉で見つめる長身の男。

「今の世の中は【魔】を生み出すのに好都合。
 いつの世も人は誰彼恨み、妬み、殺意を抱く。
 【魔】の餌が枯れる事は無い。【穴】さえ維持出来れば」

街の中央に位置する【九重ここのえ】と呼ばれる遺跡。
一般人は立ち入る事が出来ないその場所で
男はまるで住人の如く、勝手知った様子で振る舞っている。
その周りには給仕をする女性の【魔】も存在していた。

「さぁ、これからもっと楽しくなるぞ。
 この呪われし都を血と炎に染め上げるのだ!!」

男はそう叫ぶと、気が狂った様な甲高い笑い声を上げる。
夜空の月も赤く彩り、欠けたまま輝いていた。
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