十数年前

9. 宿業(第壱幕)

神楽は深呼吸を数回繰り返し、冷静さを取り戻すと
姿勢を正して自身が見た先見の内容を説明し出した。
抽象的な表現が多い所為か、寿星には今一理解し辛い様だったが
話を黙って聞いていく内に段々と乾月の表情が険しくなる。
眉間に深い皺が刻み込まれ、心成しか肩が震えている様だった。

「成程…。十六夜が十数年前に私の前から姿を消した理由。
 今漸く理解出来た気がするよ……」
「ではやはり、同じ事が又も繰り返されると」
「あぁ、間違い無いだろう。
 敵はもう既にこの地に降り立っている」
「あの憎悪と殺意が、この街に……」
「この所 急激に出現が増えた【魔】の一件も
 その人物と深い関係が有るのかも知れない。
 だが、何故十六夜を狙っているのかが理解出来ない。
 確かに彼は稀有な能力者ではあるが…」

乾月は腕組みをしながら暫し情報を整理していた。
全ては十六夜と別れたあの十数年前の日に繋がる、
彼にはそんな感じがしてならなかったのだ。

「十六夜さんが私達にひた隠しにしている物…。
 それが何なのか判明すれば、或いは対策も立てられそうですが」
「口が裂けても言わんだろうね、あの男は。
 話す位なら又 雲隠れを選ぶだろうさ」
「そう思われるんですか? 乾月さんは」
「実際そうして来た男だから。誰に相談もせず…」
「乾月さん……」
「再会して暫く経つが、未だに説明も無ければ謝罪も無い。
 それだけ私には『話したくない』事なのだろうと悟ったよ」
「……」
「私はね、もう良いんだ。そう云う男だと諦めもついた。
 だが朔耶は違う。彼奴アイツは絶対に真相を見付けようと動くだろう」
「アタシもそう思う。朔耶なら、必ず動く。誰が止めても聞かない」
「十六夜に問い質しても駄目。兄ぃは渦中に飛び込む。
 何だか…八方塞がりっすね」
「だからこそ、こうしてこの2人が私を訪ねてくれた訳だ。
 このままでは我々は二人の仲間を喪う事になりかねない」

乾月は暫くの間、目を閉じて考えていた。
そしてやがてその眼を見開くと、視線を神楽に向けた。

「君が今、故あって実家を離れている事実は察している。
 しかし、十六夜に関しては少し考えを変えなければならない」
「…八乙女家に残る文献、ですね」
「これを頼めるのは君しか居ない。頼まれてくれるかな、神楽君?」
「神楽……」
「神楽ちゃん…」

今度は神楽が言葉を飲み込み、考え出した。
八乙女家に残る文献を紐解けば、
十六夜が隠す【謎】に辿り付けるかも知れない。
それは神楽自身も考えていた事だったのだ。

「…解りました」
「神楽…」
「八乙女に残る文献、十六夜さんと関係の有りそうな物を
 急いで調べて参りますわ」
「ありがとう、神楽君。勿論 私と寿星も応援に回るよ」
「し、師匠…。俺もっすか?」
「当たり前だろ? とにかく人手が足りないんだから」

乾月からは当然の如く頭数に入れられ、
寿星は嬉しいやら困惑するやらで
どう対応して良いか判らない様子だった。
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