景観が損なわれない内に写真を撮りに行こう。
朔耶は天気予報とカレンダーを見比べながら
この数週間ずっと考えてきた計画を実行に移す事にした。
「よし、明日だ。明日、十六夜を花見デートに誘うぞ!」
今迄二人きりで出掛けるのは意外と少なかった。
寿星か、若しくは使い魔達が必ず同伴していたからだ。
改めて二人だけの時間。
そう考えると自ずと緊張して来る。
「朔耶?」
「だ、大丈夫! 少し緊張しただけだから…」
「何故に?」
「さ…さぁ?」
朔耶の心配も現地に着いてしまえば只の徒労だった。
一面の薄桃色の世界に十六夜は表情を輝かせる。
「これは……」
「丁度桜が見頃でさ。一緒に来たかったんだよ」
「ありがとう、朔耶。何と見事な景色だ…」
朔耶はニコッと笑いながら徐にカメラを取り出して構えた。
「十六夜!」
不意に呼ばれ、多少は驚いたものの
直ぐに状況を理解して、
十六夜は優しい微笑を浮かべて振り返る。
桜の世界に立つ十六夜の姿を
朔耶の愛機は確かにフィルムに焼きつけた。
桜の木々に声を掛け、話し掛ける十六夜を
暫し見つめていた朔耶だったが、
漸く本来の目的を思い出したのか
少しだけその場を離れる事にした。
風景カメラマンが本職なだけに
やはり春の山を撮らなければ、と思ったからだ。
ポイント毎にファインダーを覗きこみシャッターを切り続ける。
写真撮影に夢中になってしまうと
ついつい他がお座成りになってしまう。
予め携帯していた電子時計にアラームをセットしておいて良かった。
時を知らせる鐘の音に従い
十六夜の待つ場所に戻ろうとした
丁度その時だった。
「儚げな
朔耶には見せなかった悲しげな表情のまま
十六夜は頭上の桜の木々を見つめる。
「南、東と要が砕かれてしまったのは感じていたが…
あの様な事が行えるのはやはり……」
後どれだけの時間 朔耶と共に居られるのだろうか。
再度、一人きりになってしまう事への恐怖と悲しみ。
誰にも本心を打ち明けられないままに此処迄来たのも
【村雨】に話した通り『巻き込みたくない』一心から。
だが、それは本当に【正しい選択肢】なのか
十六夜にはまだ解らないままであった。
「儚いものよの。人の世など……」
風に舞い上がる桜の花弁が
まるで花吹雪の様に十六夜を包み込んだ。