デート

9. 宿業(第壱幕)

桜の満開が近付いて来た。花見客が騒ぎ出す頃である。
景観が損なわれない内に写真を撮りに行こう。
朔耶は天気予報とカレンダーを見比べながら
この数週間ずっと考えてきた計画を実行に移す事にした。

「よし、明日だ。明日、十六夜を花見デートに誘うぞ!」

* * * * * *

今迄二人きりで出掛けるのは意外と少なかった。
寿星か、若しくは使い魔達が必ず同伴していたからだ。
改めて二人だけの時間。
そう考えると自ずと緊張して来る。

「朔耶?」
「だ、大丈夫! 少し緊張しただけだから…」
「何故に?」
「さ…さぁ?」

朔耶の心配も現地に着いてしまえば只の徒労だった。
一面の薄桃色の世界に十六夜は表情を輝かせる。

「これは……」
「丁度桜が見頃でさ。一緒に来たかったんだよ」
「ありがとう、朔耶。何と見事な景色だ…」

朔耶はニコッと笑いながら徐にカメラを取り出して構えた。

「十六夜!」

不意に呼ばれ、多少は驚いたものの
直ぐに状況を理解して、
十六夜は優しい微笑を浮かべて振り返る。
桜の世界に立つ十六夜の姿を
朔耶の愛機は確かにフィルムに焼きつけた。

* * * * * *

桜の木々に声を掛け、話し掛ける十六夜を
暫し見つめていた朔耶だったが、
漸く本来の目的を思い出したのか
少しだけその場を離れる事にした。
風景カメラマンが本職なだけに
やはり春の山を撮らなければ、と思ったからだ。

ポイント毎にファインダーを覗きこみシャッターを切り続ける。
写真撮影に夢中になってしまうと
ついつい他がお座成りになってしまう。
予め携帯していた電子時計にアラームをセットしておいて良かった。
時を知らせる鐘の音に従い
十六夜の待つ場所に戻ろうとした
丁度その時だった。

* * * * * *

「儚げな花弁はなびらじゃな、桜と云う花は…」

朔耶には見せなかった悲しげな表情のまま
十六夜は頭上の桜の木々を見つめる。

「南、東と要が砕かれてしまったのは感じていたが…
 あの様な事が行えるのはやはり……」

後どれだけの時間 朔耶と共に居られるのだろうか。
再度、一人きりになってしまう事への恐怖と悲しみ。
誰にも本心を打ち明けられないままに此処迄来たのも
【村雨】に話した通り『巻き込みたくない』一心から。
だが、それは本当に【正しい選択肢】なのか
十六夜にはまだ解らないままであった。

「儚いものよの。人の世など……」

風に舞い上がる桜の花弁が
まるで花吹雪の様に十六夜を包み込んだ。
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