安息の終焉

9. 宿業(第壱幕)

「あの、もし…」

背後から不意に声を掛けられ
朔耶は驚いて振り返った。
其処に立っていたのは長身の美丈夫。
山には不釣り合いな黒の礼服姿だった。
不思議な事に背後に立たれ、声を掛けられる迄
朔耶はこの男の存在を全く感知出来なかった。

「少々道をお尋ねしたいのですが…」
「道?」

こんな山道に迷い込んで道を尋ねるとは。
朔耶は少し警戒しながら話を聞いてみる事にした。

「はい、迷い込んでしまいまして…」
「で、何処に行きたいんだ?」
蓮杖神社へと…」
「此処から蓮杖神社に?
 随分変な迷い方したんだな」

蓮杖神社】と聞いて、朔耶は警戒を解く事にした。
この格好も神社に赴く為なのかも知れない。
それにしても街の北に位置する蓮杖神社に向かってる筈が
街の西に位置するこの【火産ほむすび】に辿り着いてしまうとは
この男、余程の方向音痴に違いない。

「此処から遠いでしょうか?」
「まぁ、少し遠いかも知れないな」
「そうですか…」
蓮杖神社なら俺が案内出来るよ」
「本当ですか?」
「あぁ。俺の家だし、あそこ」
「ありがとう御座います。助かりました」
「今、連れと一緒に来てるんだ。
 呼んで来るから此処で待ってて」
「はい、解りました」

荷物を背負い、慣れた足取りで山道を登って行く朔耶。
道を尋ねた男はニコニコしながらその後ろ姿を見送っていた。
だがその眼は刃物の様に鋭く怪しい光を放っていた。

* * * * * *

朔耶は宣言通り、十六夜を迎えに行き
彼に道中で説明をしながら山道を降りていた。

「多分親父の関係かなんかだと思うんだよな。
 お袋は今、家を出ちまってるし
 あの人は自分から相手先に訪問するタイプだから」
「…成程のぅ」
「確かこの辺に…あ、居た」
「…っ?!」

男の姿を確認した瞬間、明らかに十六夜は異常な反応をした。
顔面蒼白でガタガタと震え出している。
冷静沈着な彼らしくない、明らかな恐怖の訴え。

「どうした、十六夜? お前、彼奴アイツを知ってるのか?」
「あぁ、そんな所に居たんだね。
 ずっと捜していたんだよ【九条くじょう】」
「九条? 此奴コイツは【十六夜】って名前で…」

男は十六夜を【九条】と呼んだ。随分と親しげに。
だが相反して十六夜は未だに震え、脅えたままである。

「…お前、何者だ?」

十六夜を庇う様にして彼の前に立ち、朔耶は男を睨み付けた。
事と次第では【村雨】を召喚するつもりも有った。
明らかな敵対心を感じ取ったのだろう。
男は友好的な表情を消し、残忍な一面を覗かせながら口を開いた。

「余は【六条親王ろくじょうしんのう】である。
 この都の主にして、この世界の絶対者也」
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