恐怖の淵

9. 宿業(第壱幕)

初デートが一転、悪夢の様な出来事に見舞われた。
六条親王と名乗った男は朔耶達に宣戦布告をすると
何をする事も無くその場を去って行った。
だが、すっかり脅えてしまった十六夜を
無事に家に連れて帰る迄、朔耶の心労は絶えなかった。

あれから十六夜は何も口に出来ずにいる。
まだ小刻みに体を震わせたままだ。
尋常では無いこの反応。
一体、彼と六条親王の間に何が有ると云うのか。

「十六夜、何か飲み物でも……」

そっと肩に手を置くと、また大きくビクンと十六夜の体が跳ねた。

(あの六条って奴、十六夜の事を知ってる感じだった。
 俺達の知らない十六夜の本当の姿を…。
 彼奴アイツ、一体何者なんだ?
 それに【親王】って、確か……)

「さくや……」

震えながら、聞き取れない様な小さな声で
それでも確かに十六夜は朔耶の名前を呼んだ。

「どうした、十六夜? 喉でも乾いた?
 それなら…っ?」

朔耶の次の言葉は十六夜の唇で塞がれた。
唇を通じて、更に震えが伝わってくる。

「…何も言わず、私を……」
「…十六夜?」
「私を、抱いてはくれまいか…?」

縋る様な目で十六夜は朔耶に訴えてくる。
朔耶の温もりを、心を感じ取りたいのか。

「あぁ、良いよ。嫌な事、全部忘れちまおうな」

朔耶は優しい笑顔を浮かべ、
そのまま彼の頬に口付を落とす。
十六夜の流した涙が朔耶の唇を潤ませる。

「忘れさせてやるからな。何もかも」
「朔耶…」
「獣の様に愛し合おうな、十六夜…」
「…あぁ」

せめて今は。今だけは。
そんな思いを胸に、二人はそっと抱き締め合った。

* * * * * *

「有った!!」

連日、八乙女家の書物蔵で探し物を続けていた寿星、繊、神楽。
此処に来て漸く、繊が探し物の一部を探り当てた。

「でかした、繊! で、それ何?」
「何か理解してから褒めろよな。相変わらずだな、寿星は…」
「そんな事言ってもさ、俺…こっち方面弱いんだよ…」
「やれやれ…」
「これは、宮家の系図…ですわね。
 【八乙女】はその昔から、帝と縁の有った家系ですから
 この様な物が蔵に残っていたのでしょう」
「でもこの系図変だよ。途中で切れてるんだ」
「誰かが意図的に此処に隠したのかも知れません」
「何で?」
「…例えば、帝候補である東宮がお命を狙われていた、とか」
「まさか、神楽…。十六夜って…」
「宮家に縁の有る方でしょうね。
 あの方の立ち居振る舞い、気品、十分考えられますわ」
「でもどうして十六夜が……?」

繊の問い掛けに、神楽は自分が探し当てた巻物を広げて見せた。
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