十六夜の正体

9. 宿業(第壱幕)

「皆さん、覚えてられます?
 十六夜さんの左胸に在る痣の事を」

神楽の質問に、寿星と繊も肯定の頷きを示した。

「あの部分に、きっと、
 十六夜さんが隠してこられた【秘密】が有るのです」
「秘密? 一体何の…?」
「これを御覧下さいませ」

神楽は巻物の中に描かれた奇妙な【目】の絵を指した。
目蓋の部分が黄色と白色に塗り分けされている。
上半分が黄色、下半分が白色…と云う様に。

「気持ち悪い…。何、これ?」
「これが【陰陽鏡】…。
 生きた結界装置と呼ぶべきでしょうか」
「生きてるの? これが?」
「結界装置? そもそも何でこんな物を十六夜が…」
「それは、十六夜さんがこの街…
 いえ、此処は昔 【都】でしたね。
 この都を守護する結界を維持する使命を
 帯びていたからでしょう」
「十六夜が、この街の結界を……?」
「何だか、信じらんねぇ話になって来た……」
「無理も有りません。私も正直驚いております。でも…」

巻物に目を通しながら、神楽は静かに言葉を続ける。
寿星も繊も、彼女の言葉の続きを待っている。

「これで私の中で辻褄が合いました…。
 十六夜さんの持つ力の大きさも、私と似た波動も…」
「神楽……」
「此処からは私の仮説ですが」

彼女は更に繊が掘り出した系図を広げて見せる。

「今から1000年程前。
 この時代に夭折された東宮の名が有りますでしょ?
 7歳で亡くなったとされる【九条尊くじょうのみこと】と」
「まさか神楽、この【九条尊】ってのが十六夜って訳?」
「えぇ、繊。そう思います」
「でも、でも! それが事実なら…
 十六夜は『1000年以上生きてる』って事になるんだよっ?!」
「それを可能にしたのが、きっと【陰陽鏡】なのでしょう。
 そして、その【陰陽鏡】を持っていたが為に狙われたのでは…」
「じゃあ…兄ぃも狙われるんじゃねぇの?」
「可能性は、限りなく高いでしょうね…。
 朔耶さんだけでなく、当然私達も……」
「そんな…っ!」
「それを重々承知していたからこそ、
 十六夜さんは数十年前に
 乾月さんの元を去られたんでしょう。
 そして今度は……」
「朔耶の、アタシ達の元からも…消える?」

神楽は悲しそうに首を縦に振った。
今迄理解出来なかった十六夜の不思議な言動が
漸く理解出来た様な気がした。
彼の余りにも辛く、悲しい生き様を。

「俺、師匠に連絡入れるよ。
 巧く説明出来ないかも知れないけど、その時は…」
「解りました。私が説明を致します」
「急いだ方が良いよ。
 十六夜が居なくなっちまったら、朔耶の奴…」

奥歯を噛み締め、悔しそうに繊は心の内を吐き出した。

「アタシ、解るんだ。朔耶の気持ちが。
 もし神楽が突然居なくなってしまったら…
 きっとアタシは生きていけない。
 アタシは乾月さんの様に強くない。
 あの人だってあんなに苦しんできたのに、
 アタシがそれを乗り越えられるとは思えない……」
「繊……」
「朔耶も同じじゃないかな…?」
「そう思いますわ、繊。それに…」
「…?」
「貴女が居なくなってしまったら、
 私も生きてはいけないでしょう。
 だからこそ今迄二人で支え合って生きて来たんです。
 これからだって、ずっと一緒ですよ」
「そうだよね、神楽…」

繊は神楽をそっと抱き締めた。
そうしなければ心が苦しくて張り裂けそうだった。
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