失 踪

9. 宿業(第壱幕)

どうやら多少は落ち着いてくれた様だ。
十六夜は先程から小さな寝息を立てている。
心身共に疲れてしまったに違いない。
今はゆっくりと休ませてやろう。

朔耶は十六夜の髪を数回優しく撫でてやると
夕飯の支度に、と一階へ降りて行った。

* * * * * *

朔耶の気配が移動をしたの感知すると
十六夜は素早く立ち上がり、身支度を始めた。
しかし、何を思ったのか
常日頃から肌身離さず持っていた愛用の数珠を外すと
それを静かに朔耶の机の上に置いた。
彼が愛用するカメラの直ぐ隣へ、と。

「リョウマ、ハヤト、ムサシ」

呼ばれた3体の使い魔達は何事かと姿を現した。
直後の彼の言葉など想像出来る筈も無く。

「お主達。只今よりお主達の主人は蓮杖 朔耶となる。
 今迄以上に朔耶に仕え、守護するのだぞ」
エッ? ドウシテ?
主、何処いずこへ?

犬神のリョウマ、管狐のハヤトは納得出来ないと反論するが
式鳩のムサシだけは十六夜の心情を理解し
『御意』と短く返答した。

「良いか? 『朔耶を護れ』。
 これが…私が主としてお主達に告げる【最期のめい】じゃ」
主……

地縛霊から犬神と成ってまだ日が浅いリョウマは
ただただ悲しみで泣くばかりである。
十六夜は寂しげな表情を浮かべたまま
リョウマ、ハヤト、ムサシの3体を優しく撫でてやった。

いつも月光浴で屋根に上る際に出入り口となるベランダの窓。
素足のまま、彼は其処から外に飛び出そうとする。

十六夜!

背後から声を掛けたのはそれ迄 沈黙を守っていた【村雨】だった。

死ぬんじゃねぇぞ!!

十六夜は返事をしなかった。
口の端を上げ、ニヒルに笑っただけだった。
そして一度も振り返る事無く
まるで風の様にその場から立ち去ってしまったのである。

* * * * * *

朔耶が自室に戻って来たのはそれから30分程経過してからだった。
異変を感じ取り、戻って来たのは良いが
ベランダの窓は開いたまま、使い魔達は何故か皆泣いている。
慌てて十六夜の姿を捜してはみたものの
当然、部屋の何処にも見当たらない。
敷地内にも霊力の気配すら感じ取る事は出来なかった。

「【村雨】! おい、【村雨】! 十六夜は何処だ?!」
……
「答えろ、【村雨】! 十六夜は何処に行ったんだよっ?!!」
…決着を付けに行ったよ。たった一人でな
「な…っ、何だと?! 彼奴アイツの…六条の所へかっ?!
 何故止めなかったんだよ、【村雨】っ?!」
漢の真剣勝負だ! 止められる訳ねぇだろうがっ!!
「っ!!」
十六夜はな、お前を護る為に向かったんだよ。
 自らの意思で…死地にな』
「死、地…?」
彼奴は死ぬつもりだ。
 そうでもなきゃ止められない相手だ、敵は

「くっ…! けど、そんな事させてたまるかっ!!」

朔耶は迷わず【村雨】を掴んだ。

「お前等も来いっ! 十六夜を助けに行くぞっ!!」

三体の使い魔達は顔を上げ、朔耶の呼び掛けに答えると
そのまま家を飛び出す朔耶の後に付いて
走り出し、飛び立っていった。
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