No. 001:10000

散文 100のお題

「そろそろじゃな」

それ迄座って
庭をカメラのファインダー越しに眺めていた八乙女やおとめ 朔耶さくや
何事かと蓮杖れんじょう 十六夜いざよいの方を向いた。

「丁度、明日で10000日」
「?」
弦耶げんやの生誕」
「あぁ…。もうそんなになるんだ」
「それでも父親か?」
「息子が生まれて何日目かなんて数えてねぇよ。
 乳飲み子時代ならともかく…」

朔耶はそう言って苦笑いを浮かべている。

「で、何だ? いきなり」
「以前おぬしと交わした約束。
 覚えておるか?」
「約束?」
「まさか忘れたとは言わせんぞ?」

十六夜の剣幕に少し朔耶はたじろいだ。
が、直ぐに態勢を立て直す。

「覚えてるよ」
「そうか。ならば良し」
「覚えてはいるが、そもそも大丈夫か?」
「大丈夫、とは?」
「今の弦がお前のお眼鏡に適っているとは
 到底思えないんだが…」
「適ってはおらんな」
「やっぱり…」

やれやれと肩をすくめ、
朔耶は手にした酒を飲み干した。

「弦もお前に目を付けられるとは
 喜んで良いのか悲しむべきなのか」
「お主は信じておらぬのか?
 己の息子の才覚を」
彼奴アイツはとことん俺に似てるんでな。
 ギリギリ迄追い込まないと
 本当の自分に気付かないだろうさ」
「…成程」

十六夜は静かに窓の外の月に目をやった。

「ならば、追い込むとするか」
「ほ~ぅ? どうやって?」
「それは流石のお主にも言えぬな」

十六夜の笑みに朔耶も笑って返す。

「俺が弦に告げ口をするとでも?」
「念には念を、だ」
「告げ口したくても
 俺、今の彼奴の根城ねじろすら知らんよ?」
定宿じょうやどすら無いのか?」
「みたいだなぁ~。
 分家の奴と大喧嘩して、家出て行って
 その後は店と女の所に寝泊まりしてるとか」
「……」
「俺の息子だから」
「…そう云う所は忠実に父親に似たのだな」

呆れ果てる十六夜を尻目に
朔耶は笑顔で酒を注ぎ足した。

「良くも悪くも、弦はあの頃の俺そっくりだ。
 望央みおが苦労するのは目に見えてるが…
 あの娘は或る意味
 両親譲りの面倒見の良さだからな」
「望央の事は心配しておらんよ」
「まぁ、あの娘はなぁ…」

苦笑いを浮かべつつ酒を飲む朔耶を一瞥し
フッと十六夜は笑みを零した。

「ん? どうした?」
「互いにこの様な話で酒を酌み交わすなど…
 私達も随分と歳を取ったものだな」
「…年齢の話はするなよ。
 特にお前がその話題をすると
 別の意味で重くなる……」
「ははは。違いない」

二人は顔を見合わせ、笑みを浮かべると
同時に視線を今宵の十六夜月へと向けた。
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)