No. 002:フレグランス

散文 100のお題

「今日は何処どこの女性のお客さんの家で
 お世話になったの?」
「ノーコメント。
 客のプライバシーを口にしてたら
 この商売、やってられません」
「よく言うよ。
 舞耶まやちゃん、心配してたぞ?」
「お前は?」
「え?」
「お前は心配してくれねぇの?」
「……」

深夜2時。

二階に在る自室の窓から現れたのは
絶賛家出中の風来坊。
幾ら何でもうら若き巫女の部屋に
堂々と忍び込むとは。
実際に内側から窓を開けたのは
ベッドの直ぐ下で眠ろうとしている
柴犬の仔犬の霊なのだが。

リョウマも。
 律儀に窓を開けなくて良いから」
可哀想だし
「知らないわよ、そんなの。
 それにね。
 女性の部屋に深夜に訪問する様な男を
 無暗むやみに部屋へ入れちゃ駄目」
「数年前迄 一緒に住んでたじゃん」
「語弊のある言い方しないで」

機嫌が悪くなる理由はもう分かっている。
彼の纏う香りが気に入らないのだ。
彼が普段使っているフレグランスとは違う香り。
恐らくはシャンプーの類だろう。
鼻が利く自分にも嫌気が差す。

「そんなに怒るなよ。
 寝る場所無ぇんだよ、今夜」
「……」
「店で寝ると翌朝背中が痛ぇし」
「……」
「今日の予定は狂っちまうし」
頬にデッカイ紅葉の刻印が付いてる
「あぁ。平手で殴られた」
何で?
「『他に好きな女がいる』って正直に答えたらさぁ~」

無神経な奴。
そんな事言われて、
快く泊めてくれる女性が何処に居るのか。

蓮杖れんじょう 望央みおは呆れ返り、布団に入り直した。

「じゃ、お邪魔します」
「えっ? 一寸ちょっと! うわ、冷たい!!」
「外、冷え込んでてさ。
 寒いから温めてくれよ」
「冗談でしょ? 私、朝のみそぎが有るのよ?
 4時には起きないと駄目なんだから。
 ねぇ、弦耶」
「……」

返事は無い。
彼、八乙女やおとめ 弦耶げんやは既に寝入ってしまった様だ。
余程疲れていたのか。
当分起きそうにもない。

「毎回このパターン…。
 ゴリ押せば何とかなると思って……」

悪態を吐いても布団を引っ剥がす事はしない。
ベッドから蹴り落とす事も無い。
そのまま、彼が安心して眠れる様に
望央は少しだけ、自身の体を端に寄せた。

「…普段、何処で生活してるんだろ?」
知らない。弦耶に聞けない?
「聞いて今迄ちゃんと答えた事ある?」
無い
「でしょ? だから心配なのよ」
舞耶が? 望央が?
「…私が」

弦耶が眠っていると思うからこそ言える本音。

「何が遭ったんだろうね?
 八乙女やおとめの家で…」

そう呟き、望央はゆっくりと瞼を閉じた。

* * * * * *

狸寝入り

脳裏に響く、誰かの声。
それがこの部屋に住み、先程窓を開けてくれた
柴犬の仔犬の霊である事は気付いている。

小細工
やかましいぞ。外見に似合わず悪態吐くよなぁ』
弦耶、お前より俺の方が年上
『いいから黙ってろよ、リョウマ』

目をつむり、身動きしないまま
弦耶は柴犬の仔犬の霊リョウマと脳内で言葉を交わしている。

『望央には余計な事言うな』
何故? 舞耶にバレるから?
『舞耶の方は心配してねぇよ。
 俺が心配なのは望央の事だ』
望央だけは特別なんだな、昔から
『当たり前だ。俺は彼奴アイツ婚約者フィアンセだぞ』
だったら早く十六夜に認められないと
『…解ってるっての!』

ムスッとした雰囲気を醸し出しながら
弦耶はどうやら本格的に寝に入った様だ。
リョウマは一人、月の光に照らされながら
そんな二人を静かに見守っていた。
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)