No. 004:実らない果実

散文 100のお題

久し振りに子供の頃の夢を見た。

理不尽にずっと虐められてきた。
私には見える世界。
私には聞こえる世界。
でも、皆には見えない、聞こえない世界。
気持ち悪いとずっと言われてきた。
嘘吐きだと、ずっと言われてきた。

私にはムサシハヤトやリョウマが居てくれる。
だから、寂しくない。
そう言い聞かせ、耐えるしかなかった。
でも、苛めは段々
度を超えて激しくなっていった。

そんな、或る日。

* * * * * *

あれは、望央がまだ小学2年生の頃…か。

下校時の集団に嫌な胸騒ぎを覚えた。
囃し立てられている輪の中央に
蹲る人影が見えた。
すすり泣く声に、聞き覚えがあった。

「望央?」

泣いている彼女が頷いたかどうかは
ハッキリと覚えていない。
気が付いた時には…
俺は、その場に居た奴等を全員
ぶん殴って気絶させていた。

「大丈夫か、望央?」

彼女に目線を合わせ、右手を差し出す。
その動作に一瞬だが
彼女は明らかに怯え、ビクンと肩を震わせた。

此奴等こいつらの所為で……)

怒りがドンドン込み上げてくる。
まるで噴火寸前のマグマの様だ。

「それが、【負】の念」
「?!」

まるで気配の無かった背後から
突然大人の声が聞こえてきた。

「…誰?」

その男は笑っていた。
和服に身を包んだ老人。
静かに膝をつき、そっと望央の髪を撫でる。

「さぁ、顔をお上げ。
 怖い【鬼】はもう居ないよ。
 弦耶がやっつけてくれたからね」

望央はこの男を知っている様だった。
安心したのか。
漸く彼女の顔に笑みが戻る。
俺では叶わなかった事が。

「弦耶」

望央に顔を向けたまま
男は俺の名前を呼んだ。

「何?」
「怒りに任せて力を行使してはならない。
 持たざる者に対してなら尚更」
「じゃあ、望央をこのままにしておけって?」
「そうではない。加減を覚えるんだ」
「加減?」
「手加減だ。100の力を100使う必要は無い。
 望央を護りたいのならば、覚えるべき事だ」
「加減したら此奴等、調子に乗るだろ?
 だったら徹底的に…」
「それでは【素人】の喧嘩だな」

優しく望央を抱き上げると
男は静かに此方に向き返った。

「再度告げる。
 弦耶。お前は【加減】を覚えるんだ。
 それこそが、持つ者の【義務】と知れ」

その目は先程とは別人の様に鋭く
一切の反論も許さないと言いたげだった。

* * * * * *

「当時小4のガキに対して
 そんな講釈垂れても
 通じないと思うんだがな」

煙草を吹かしながら
照明の消えた部屋の天井を見上げる。

「だが、結果的には乾月けんげつ先生の言う通りだった。
 俺が手加減しなきゃ、
 いずれは誰かが死んでただろう。
 怒りのままに力を行使する事の危険性」

カウンターに置かれたフルーツ籠に視線を移し
弦耶は鼻でフッと笑った。

「未熟、とはよく言ったもんだ」

ゆっくりと立ち上がり林檎を掴むと
弦耶はそれを思い切り齧った。

* * * * * *

今の私が存在するのは
弦耶の御蔭なんだって解ってる。
彼はずっと味方で居てくれたし
私の為にずっと戦ってくれている。
数え切れない位怪我もしたし
その傷跡を見る度に力無い自分を責めた。

でも。

「実らない果実のままじゃ駄目なのよ。
 つまりは、そう云う事」

そう。乾月先生が教えてくれた言葉。
いつかは芽吹く、その日の為に。

「日々、精進。ってね」
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)