No. 005:虚ろ

散文 100のお題

「弦。あれ…」

夜の街へ共に繰り出した望央と弦耶。
望央は今 通りすがった男の表情に注目した。

「逝っちまってるよ。
 麻薬ケミカルやってる様にも見えるが…
 微妙に違うよな」
「…うん。【臭い】が違う」
「望央。お前、薬中ジャンキーの臭い判んの?」
「判んないわよ、そんなの。
 別よ、別!」
「声デカい」

弦耶に釘を刺され、望央は慌てて自身の口を押さえた。

「デカいのはオッパイだけにしとけ」
「…セクハラ」
「婚約者には無効だろ」
「配偶者にも有効です」
「……」
「後、追いましょう」
「へ~い」

口調こそ適当だが、弦耶の目は鋭く 真剣だ。

* * * * * *

15分程、バレない様に尾行を続ける。
男はフラフラした足取りで
路地裏へと消えた。

「望央」

弦耶は彼女に声を掛けた。

「結界、張っとけ」
「了解」

慣れた感じで結界を張る
望央の姿を横目で確認すると
弦耶は精神集中を始める。
男が豹変したのは次の瞬間だった。

肉を裂き、血を巻き散らしながら
変形していく男の姿。
それは既に【人】ではない。

嘗て男だったモノは
鋭い爪で望央を切り裂こうと
襲い掛かって来る。

カキーン

それを防いだのは弦耶だった。
彼の手に握られているのは
青白く光り輝く日本刀。
妖刀【村雨むらさめ】。

「【俺の女】に手を出してんじゃねぇよ。
 …殺すぞ?」

口の端を器用に上げながら
【村雨】で爪を払い、
返し刀で胴体を斬りつけた。
ドロッとした汚液が異臭を放ち
切り口から流れ出て来る。

「これ、【影喰かげくい】だわ」
「又 湧いて出やがったか。
 全く、次から次へと…」

柄を握る弦耶の手に力が籠る。

「ウゼェんだよ」

【村雨】が刀身に青白い炎を纏う。

「目障りだ。消えろ」

弦耶は容赦無く
敵を袈裟懸けに斬り抜けた。
高温の炎に包まれ燃え盛る物体と
微かに聞こえてくる【声】。

「聞くんじゃねぇ!」

弦耶の怒鳴り声に
望央はハッとして我を取り戻した。

「闇に飲み込まれるぞ!
 敵の策に乗るんじゃねぇッ!!」
「…うん。ありがとう、弦」

弦耶は刀を鞘に納めると
素早く九字を切った。

「生憎、俺は優しい男じゃねぇからな。
 影喰諸共、成仏させてやるよ」

弦耶はそのまま、自身の言葉通り
【除霊】を行った。

* * * * * *

「しかし、弦耶は浄霊が余程嫌いな様じゃな」

朔耶と酒を飲み交わしながら
十六夜は苦笑を浮かべている。

「出来ない訳じゃねぇけどさ」
「知っておる」
「徹底して除霊なんだよな、彼奴アイツ
「望央に危害を加えられない様にって配慮でしょ?」

口を挟んだのは
一品料理を運んで来たせん
…いや、今は名を改め【蓮杖れんじょう 千里ちさと】である。

「弦ちゃんは本当に良い子だもの」
「まぁ…ねぇ……」

息子を褒められ、朔耶も満更では無いらしい。

「油断すれば反撃される。
 弦耶の考えは当然とも言える、か」
「弦ちゃんは優しいから…。
 本当は苦しいと思うわ。きっと、ね」
「苦しい?」
「だって、聞こえてくるでしょ?
 霊の、魂の声が。
 彼等が何を望んでいるか位
 退魔師なら感じ取れるでしょうから」

千里の言葉に十六夜は静かに頷いている。

「それでも」
「…」
「弦耶は戦い続ける。
 望央の為だけに」

意味深な十六夜の言葉。
朔耶は千里と顔を見合わせ、静かに頷いた。
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)