No. 008:硝子の境界線

散文 100のお題

デパートのショーウィンドウに映る
自分の姿が目に入った。
少し元気無さそうな表情。
疲れている…のかも知れない。

最近、八乙女の使いと云う人が
よく家を訪問する。
弦耶の事を捜しているのかと思いきや
全然そんな話は出て来ない。
それよりも…。

「八乙女の跡取りなら
 舞耶ちゃんが居るでしょ?」

珍しく怒っている様な母、千里の声。
奥から十六夜が姿を見せただけで
使いは慌てて退散する始末。

「…八乙女家、大変な事になってるのかな?
 神楽小母おばさんも朔ちゃんも
 全然そんな素振りを見せないもんなぁ…」

そもそも、一人娘である私には
蓮杖神社を守る役目がある。

「……」

エレベーターで最上階に向かう。
昔からの私の逃げ場所。
嫌な事が有ると、此処に来て
一人ゆっくりと時間を過ごす。
古びたデパートの屋上。

「昔は賑やかだったんだけどなぁ。
 今は遊具で遊ぶ子供の姿も無し…か」

フェンスの上に肘を乗せて
其処から静かに街を一望する。
この風景が昔から好きで
夕暮れ迄、此処に居る事も多かった。
此処には、街の喧騒が届かない。
心落ち着ける、唯一の場所。

何時いつから…」

周囲はこんなに
慌ただしくなってしまったんだろう。
段々、日常が壊れていく様な気がする。
自信が少しずつ消失していく。

* * * * * *

どれ位、時間が過ぎたのか。
夕陽は既に落ちかけている。

「そろそろ、店 閉まるぞ」
「?!」

真横にはいつの間にか
弦耶の姿が在った。
気配を感じ取っていなかった為
望央は驚きで口をパクパクさせている。

「何だ?」
「ど…、ど……」
「『どうして此処に?』って?」
「わ…わた……」
「お前のお気に入りの場所だもんな、此処」
「な…」
「『何で知ってるの?』ってか?」

弦耶はニッコリと笑っている。

「お前の事なんだから
 何でも知ってるっての。
 当たり前だろうが」

平然と言ってのける彼の姿が
何故か霞んで見えてくる。

「心配すんなって」

弦耶はそう言って、望央を優しく抱き締めた。

「分家の莫迦共なんざ捨て置けよ。
 お前は【蓮杖】の人間なんだから。
 彼奴アイツ等の言う通りになんてならねぇよ。
 お前も、…俺も、な」
「弦…?」
「……」

弦耶は思い返していた。
十六夜と交わした【或る約束】を。
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)