No. 013:鏡

散文 100のお題

「【陰陽鏡】について嗅ぎ回っている輩が…のぅ」

将棋を打ちながら
十六夜はそう返事をした。

「あぁ。どういうつもりか判らないけど」
「そもそも、【陰陽鏡アレ】がどう云う物なのか以前に
 その存在すら殆ど世間では知られておらぬのに」
「そうなんだよね」
「お主の情報網にも引っ掛からぬのか?」
「…実は」

乾月けんげつ たけるは眉を顰めた。

「その人物が、【村正】らしき刀を
 所持していると…」
「【村正】を?」
「あぁ。寿星じゅせいがこの間見たらしいんだ」
「【村正】は確か、鳴神なるかみが契約している筈」
「その筈なんだけど…
 寿星が見間違えるとは思えないんだ」
「その通りじゃな。
 寿星は私達と共に戦い抜いた仲間。
 鳴神も同様じゃ。
 お主の言う通り、見間違えは有り得ぬ。
 だとすると…」
「継承、か。或いは…」
「強奪…」
「……」
「【陰陽鏡】の存在を嗅ぎ回るのも解せぬが
 相手が【村正】を所持しておるとなると…
 ちと厄介じゃな」
「妖刀で妖刀を抑える事は…」
「出来ぬ事は無い。
 が、代償はそれ相応に」
「そうだよねぇ…」
「如何せん。私達はちと歳を取り過ぎた」
「そうなると…望央や弦耶に託す事となるのか」
「左様」
「それも気が重い…」
「子達の試練と思えば。
 それも又 宿命かも知れぬ」
「…そうだね」
「…乾月」
「何だい?」
「王手」
「……」

鮮やかな十六夜の王手に
乾月は驚いた表情を浮かべていた。

* * * * * *

【陰陽鏡】…。
コイツを継承したのに
気付いた時の事は、よく覚えている。
逆に、絶対に忘れない自信すらある。
何故なら……。

* * * * * *

俺が大学三年生となったその日の晩。

「あれ? 父さんから話聞いてない?」

その日の午前中、大荷物がいきなり
俺の住んでいるマンションの一室に運び込まれた。
そして夕方近くになって
荷物の持ち主がこうして姿を現した訳だ。

「…聞いてねぇよ」
「おかしいなぁ~?
 朔ちゃんからも?」
「も一つ聞いてねぇわ」
「父さん、朔ちゃんに言付けたって」
「……」

てか、伝言ゲームが途切れたの
絶対にクソ親父の所為だな。
確信出来たわ。

「取り敢えず、今日から宜しくね 弦!」
「…了解」

成程な。
男の一人暮らしにしては部屋数が多いし広いと
前々から疑問には思ってたんだ。
最初からの計画で
望央を此処から大学へ
通わせるつもりだったんだな。
俺と同じ大学に通うんだし
合理的だとは思う。
確かに、俺は家賃も光熱費も払ってなかったし
文句を言える立場じゃねぇけどさ。

しかし…良いのか?
年頃の男と女。
一つ屋根の下で。
【間違い】があっても知らんし、責任持たんぞ。
そもそも望央は【巫女さん】なんだからな。

「きゃあーーーーーっ!!」
「ど、どうしたっ?!」
「お部屋、片付けようと思ったんだけど…
 荷物が襲い掛かって来たの……」
「……」

…忘れてた。
望央が唯一苦手としている事。
それは…、整理整頓。

案の定、段ボール箱の中身を
派手に部屋中にぶちまけて
散らかしたそのど真ん中で
彼女は半ベソをかいていた。…。

* * * * * *

望央との共同生活は
想像以上に結構楽しかった。
辛かった事と言えば…
唯一つ、
自宅で性欲が発散出来なかった事位か。

俺は高校生の間にとっとと童貞卒業してたし
正直モテていたからそっち方面で困る事は無かった。
そう云う所は親父に激似らしいが。

遊びならそれで充分だった。後腐れも無い。
だが、【相手】が望央だと話は別だ。

親父にもお袋にも、
師匠である十六夜叔父さんにも
『望央が成人になる迄はお手付き厳禁』
を言い渡されていた。
千里叔母おばさんだけは
何も言ってこなかったけどな。

と、言う訳で。
望央が二十歳の誕生日を迎える迄
俺は涙ぐましく日々を耐え忍んでいた。

* * * * * *

【陰陽鏡】を継承した日は…
弦耶と、身も心も結ばれた次の日。
朝方、右目の激痛で目を覚ました。
隣では同じ様に弦耶も苦しんでて…
一体何が起こったのか、
暫くは二人共理解出来なかった。

「…望央。お前、右目……」

弦耶は、私の右目が
金色に染まっていると教えてくれた。
そして、彼の左目も又…。

「じゃあ、俺のは左目が銀色に…?」
「うん。銀色に輝いてる」
「……」

弦耶はそのまま何も言わず
洗面台へと向かって行った。
数分後に戻って来た彼は
さっきよりもずっと
疲れた表情を浮かべている。

「どうしたの?」
「…驚かずに聞いてくれ」
「うん」
「親父達の胸元に在った変な痣、
 覚えてるか?」
「うん。確か…
 【陰陽鏡】って言うんだよね?」
「そうだ。
 それが俺達の【目】に乗り移った」
「えっ?!」
「俺の左目、よく見てみろ」

確かに、只の銀色では無かった。
父親達の胸元に在った
あの何とも言えない不思議な模様が
目の中に存在している。

「後で親父に確認取ってみる。
 望央、疲れただろうから
 お前はもう少し寝とけ。な?」
「うん…。お願いね……」

疲労感に勝てず、私はそのまま眠ってしまった。

【陰陽鏡】の継承は
こうしてあっと言う間に呆気無く
誰にも何の断りも無く
滞りなく終わってしまっていた。
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)