No. 015:意識という深い海

散文 100のお題

「…」

久々に玄関から姿を現した弦耶は
随分とボロボロの有様だった。
只の喧嘩帰りだとは思えない。

「襲われたのっ?!」
「人聞きの悪い事言うなって」
「でも…」
「安心しろ。
 返り討ちにしてやったよ」
「えっ?」
「叔父さん、まだ起きてるよな?」
「あ、うん」
「解った」

弦耶は靴を乱雑に脱ぎ捨てると
そのまま十六夜の書斎へと向かった。

弦耶。お行儀が悪い
「随分と急いでたよね。
 何か遭ったんだ。
 だって、喧嘩に強い弦があんなに…」
望央
「話して、くれないのかな? 私には…」

望央は心配そうに
弦耶の後姿を見つめていた。

* * * * * *

「【札】を持つ暗殺者…。ふむ」
「あぁ、いきなり【BET】だの何だのと
 訳解らん事を叫んで襲い掛かって来た」
「ベッドとは? 寝床の事かえ?」
「いや、この場合は賭け事の用語だと思う。
 解り易く言えば…『半か丁か』って所だろ」
「相分かった」
「で。其奴が持ってたカードってのは…」
「これは…【花札】か」
「あぁ」

弦耶が胸元から取り出したカードは
花札の【牡丹に青短】の絵が印刷されていた。

「牡丹に蝶…?」
「除霊処理済だから、触っても大丈夫だぜ」

十六夜は暫くカードを興味深げに眺めていた。
手に取って凝視するが、
おかしな所を見受けられない。

「襲って来た奴はこのカードから
 【魔】を呼び出して使役していた」
「この花札は…【魔】の呪符、と言う訳か」
「俺が見た限りでは、そうだろうな。
 だが…そんな事、容易に出来んのかね?」
「出来ぬ事は無いが。
 しかし、随分と変わり者が
 世の中には居る様じゃな」
「全くだ。
 狙いが俺で良かったよ。
 敵を誘き出すのに打って付けだ。
 【陰の陰陽鏡】は目立つから」
「…攻撃に特化しておるからのぅ」
「望央が【陰陽鏡】の力を使わなければ
 敵の標的まとからは外れる。
 …叔父さんの狙い通りじゃねぇか」
「…」
「【一万日目の約束】…だったよな?
 『望央を賊から守り抜く事』。
 …忘れた、とは言わせねぇ」
「もう一つ、条件を忘れておらぬか? 弦耶」
「?」
「『望央に悟られぬ事』」

十六夜は扉の向こう側の気配に気付いていた。

「お主はまだまだ注意力が足りぬ」
「…チッ!」
「望央が欲しければ
 私を納得させなければならんぞ」
「…セックスする事は否定してこないクセに
 結婚だけは別問題ってさ」

弦耶は呆れた声を上げた。

「変わってるよな、叔父さん」
「私も多少は【平家】の血を継いでおるからのぅ」
「祖母ちゃんと同じ【先見】だろ?
 やれやれ…」

十六夜は意味深な微笑を浮かべるだけだ。

「…ま、良いや。
 取り敢えず、望央を
 寝かしつけてくる」

来た時とは正反対の表情を浮かべ
弦耶は書斎を後にした。

「正直者が。
 全て顔に出ておるわ」

* * * * * *

「…何してんの?」

隠れている筈が、呆気無く見付かってしまった。
弦耶は唖然としたままだ。

「立ち聞き?」
「ち、違うわよ」
「盗み聞き?」
「意味同じじゃない!
 だから、違うってば! 偶然よ!」
「偶然、ねぇ…。
 お前の部屋ってさ、二階よ?」
「だからぁ~!」
「…望央のH」
「違うって言ってるでしょっ!!」

可愛いからとついつい苛めたくなるが
調子に乗ってあまり揶揄からかうと
ムキになって怒り出してしまう。
これ以上は、得策ではないと
弦耶は素早く判断した。

「そっか、解った」
「解れば良いのよ。解れば」
「じゃあ折角だし、Hな事 しに行くか」
「え? …えぇっ?!」

弦耶はヒョイッと
望央をお姫様ダッコで抱き上げると
そのまま階段を上り出した。

下手な誤魔化し方

リョウマがそう言って笑っている。
望央と弦耶。
何方どちらに対しての発言だろうか。

* * * * * *

意識、と云う深い海の中に漂う【感情】。
それを【確認】する為の行為。
何度繰り返しても飽きない。
それどころか、益々のめり込んでいく。

「弦…」

月明かりに照らされた望央が
そっと腕にしがみ付いて来る。

「どうした?」
「又、傷作ってる…」
「不器用なモンで」
「……」
「何?」
「無茶、しないでね。
 その、なるべく……」
「…あぁ」

本当に、優しい奴だよな。望央お前は。

「肝に銘じておく」

そう答えて、キスを交わす。
偶には、こんな夜が有っても良い。
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)