No. 019:手負いの獣

散文 100のお題

荒い息。
フラフラとした足取り。
それでも懸命に、あの男の指示した通り
ひたすらこの石段を登っていく。

この先に着けば助かる。
…そう信じて。

* * * * * *

望央はいつもの日課で
境内の掃除に勤しんでいた。
参拝客が来ない時間はこうやって
掃除や儀式の準備に充てている。
もう何年も続けている作業だ。
流石に慣れたものである。

ん?

珍しく実体化して境内を散策していた
管狐くだぎつねの【ハヤト】が
一番最初に空気の異変を感知した。

「どうしたの? ハヤト」
敵が来る
「敵?」
何者かが襲われている

そう言うと、ハヤトは素早く臨戦態勢に入った。
彼を真似て、リョウマも戦闘態勢を整える。

「追われている…。あの人!!」

鳥居をくぐって現れた若い男。
かなり疲労している上に怪我も酷い。

「刀傷? 街中で?
 あぁ、それよりも早く手当てを…」
「に、…逃げろ……っ」
「逃げろったって。
 此処は私の【家】なんだけど…」

男を肩で担ごうとしながら
望央は何とか屋内へ避難しようとしていた。

しかし、追手が二人
鳥居をくぐって姿を現してしまう。
賊は まだ後続に居そうな雰囲気だった。

「少し時間が足りなかったか…」

そう呟きながらも
彼女の目は賊の【手】に注視していた。

(禍々しい【妖気】を纏った刀…。
 【妖刀】とは雰囲気が全然違う。
 間違いない。
 あれが父さん達の言っていた…【魔剣まけん】だ!)

父、十六夜から何度か聞いた事は有ったが
こうして自分の目で実物を見るのは
これが初めての事だった。

「リョウマ、ハヤト!
 迂闊うかつに近付いちゃ駄目よ!
 あれ、【魔剣】だわっ!!」

【魔剣】?
了解した

【魔剣】は攻撃のリーチが長い為
接近攻撃型のハヤトやリョウマでは分が悪い。
然も。

(この人を守りながら、どこ迄 戦えるか…)

望央が満を持して戦おうと動いたのと
それは、ほぼ同時だった。

「【虎徹こてつ】ッ!!」

鋭い声が境内に響き渡る。
直後、空中に【妖刀 虎徹】が浮かび上がり
その声の主の右手に納まる。
一振りの衝撃で、
近くに位置していた賊の一人が
呆気無く鳥居の外へと弾き飛ばされた。
娘の危機を感知した父、十六夜が
戦場へ馳せ参じたのだ。

「父さん…」
「早く屋敷の中へ。
 その者の怪我を治療せねば」
「はい」

玄関先には母、千里の姿を見える。
直ぐにでも治療が出来る様にと
準備してくれていたに違いない。

十六夜一人に敵を任せて
敵に背を見せての敗走となってしまうが。

「行きなさい。
 此処は私に任せて」

先程とは別人の様に穏やかで、温かな声。
望央は力強く頷くと、
再度 男を抱え直して
家へと、玄関に居る千里の許へと
必死に歩き出した。

* * * * * *

背後から響き続ける鍔迫り合いの音。

「早く…今の内に……」

とは云うものの、
望央よりも背負われている男の方が
遥かに体格も良く、体重も有る為に
なかなか思った様に前進出来ない。
それでも、諦めたくはない。
歯を食い縛り、懸命に歩を進めていく。
一歩。又 一歩、と。

『『望央っ!!』』

突然、リョウマとハヤトが同時に叫んだ。
十六夜と交戦している筈の賊の一人が
自身の花札を使用し、【魔】を召喚したのだ。
二体はコンビネーション攻撃で応援するも
ジリジリと後退を余儀なくされる。
現在の主である望央の気が
充分に練れていない為であった。
精神を集中出来ず、気が練られていないと
従者である使い魔は自身の力を存分に発揮出来ない。

(…弦っ!!)

望央は無意識の内に心の中で叫んでいた。
誰よりも愛しい男の名前を。

* * * * * *

ザシュッ

突然、炎の柱が
リョウマやハヤトの目前に出現し
【魔】を一刀両断に処した。

十六夜は苦手属性である
炎の技を行使しない。
火の属性を持ち、
それを得意とする者は限られる。
だとすれば。

「留守中だってのに
 俺の女に何をしやがる」
「弦っ!」

望央は満面の笑みを浮かべた。
彼女の右頬には
何時の間に負ったのか
切り傷が残り、薄らと流血していた。

「傷モノにしやがって」

弦耶の目が怒りに燃えている。

「貴様等、全員ブッ殺す」
「弦耶。ことの葉が強過ぎる。
 『ブッ飛ばす』程度にしておけ」
「…了解」

十六夜にたしなめられ
弦耶は素直に従った。
言霊ことだま返し】の恐ろしさは
退魔師ならば、誰もが周知している常識。

「じゃあ、改めて…。
 貴様等、全員…『ブッ飛ばす』っ!!」
れるものなら、やっ……」

賊の言葉は、途中で掻き消された。
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)