No. 020:耳を欹てて

散文 100のお題

気を失っていたらしい。
広い和室の天井がボンヤリと見える。
丁寧に治療された、己の体。
残る痛みが【生】を訴えかけてくる。

(助かったんだ…)

ホッと安堵する男の耳に
誰かの声が届いてきた。

『…うん、急に。
 でも…来てくれて助かったよ。
 ありがとうね、弦』
『もう少し早ければ
 お前に怪我させなくて済んだのに』
『これ位大丈夫だよ、…って!
 舐めなくても良いからっ!!』
『誰も見てねぇし、良いだろ?
 それにさ。早く治るぞ』
『…本当?』
『本当、本当』
『本当に~?』
『本当だって~』

何所ぞのバカップルの会話だ。
そう思い、ふと気付く。

自分を助けようとしてくれた女性と
途中から参戦した若い男か。
知り合いか何かなのだろう。
しかし、ふすまを隔てた先には
自分が寝ていると云うのに
気にならないのだろうか。

只 眠りだけではつまらないので
男は床に伏したままの状態で
二人の会話に耳をそばだてた。

『それにしても…
 花札から【魔】を召喚するなんて
 私、初めて知ったわ……』
『叔父さんも言ってたろ?
 つかい手自身にそれ程の霊能力ちからは無い。
 花札の助力で魔剣を扱えていたんだ、って』
『うん。然も…その魔剣だって
 父さんの見立てでは【偽物】だったんでしょ?』
『そうだな。あんなに簡単に割れるんだ。
 レプリカとしか思えん』
『だよね。昔聞いた事が有る物と違い過ぎる』
『一体、誰の差し金かは知らんが…』
『…弦?』
『お前だけは、俺がいつでも
 護り抜いてやるから、安心しとけ』
『…変わらないね。弦は、昔から』
『だろ?』
『うん。でも…』
『?』
『私も、護るからね! 弦の事!』
『…』
『えっ? 何?
 今、何て言ったの?』
『ん? 何でも無い』

弦、と呼ばれた男が漏らした
とても小さな独り言。

『もう護ってもらってるよ』

その声の音色の心地良い、優しい響き。
気になってくる、二人の関係。

「まぁ…詳しく聞くなら
 せめて起きてから、だよな」

まだ体は癒えていない。
疲労感も酷い。
男はもうひと眠りする事にした。

全ては、起きてからでも遅くない、と。
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