No. 022:皆無

散文 100のお題

「へぇ~。蓮杖神社に若い男の修行者、ねぇ~」

上目遣いで弦耶の様子を伺うのは
話を聞いた亜斗武だった。

「心配じゃないの?」
「何が?」
「望央ちゃんの事」
彼奴アイツに対して下手な事は出来んだろうさ。
 霊障を感じられるんだから
 使い魔の攻撃は有効だろうし、
 何よりも 叔父さんの目が光ってる」
「いや、俺が言うとるのは
 そう云うんじゃなくってな…」
「ん? じゃあ、何だよ?」
「その、望央ちゃんがな。
 心変わりを起こさんかっつぅ…」
「はぁ~?!」

目一杯驚いた声を上げると
その直後に弦耶は普段やらない大笑いを見せた。

阿呆アホか! 要らん心配じゃ!!」
「…エライ自信満々やないか」
「そんな心配は皆無だっつーの!」
「何じゃ、その自信は?」
「大体 彼奴がそんな気を起こすってんなら
 俺は当の昔に見限られとるわい!」

余程感情が高ぶっているのだろう。
滅多に出ない関西弁で捲し立てる弦耶に
亜斗武は半ば安堵していた。

此奴コイツが此処迄言い切れるってのは…
 逆に言えば、
 それだけ望央ちゃんを信じとるって事やな)

だからこそ、ムキにもなる。
実に弦耶らしい。
付き合いの長い亜斗武ならではの感想だ。

「しっかし、不気味やな。
 その…永夏、やっけ?」
「不気味?」
「あぁ。だって考えてみ?
 輩に襲われて神社に現れたんやろ?
 然も名前も何も覚えてないとか」
「あぁ」
「それってさぁ…」

亜斗武は思いっ切り眉間に皺を寄せて
弦耶を凝視する。

「【誰か】に似てると思わん?」
「誰か?」
「そう。お前の極近くに居る【誰か】さんや」

弦耶は顎に手を当てて暫く考える。

「まさか……?」
「そう。その【まさか】や」
「十六夜叔父さん?
 しかし、叔父さんは奴と初対面だと」
「そりゃ初対面で問題無かろう。
 小父オジさんのエピソードを知っとる奴が
 永夏?にアドバイスすりゃえぇ訳やし」
「叔父さんの事をよく知っている誰かが
 永夏の背後に潜んでるって事か」
「そう云う事になるなぁ」
「……」
「まだ他には公言せん方がえぇ。
 特に望央ちゃんにはな」
「当たり前だ。
 少なくとも望央は奴の事を信じてるからな」
「お人好しやな、相変わらず」
「優しいんだよ、彼奴は。
 誰よりもな」
「…御馳走さん」

呆れ口調ではあるものの
亜斗武の視線の険しさは少しも変化が無い。

「現状、敵かどうかも判らん。
 少なくともお前は普段以上に
 冷静に努めなアカンで」
「…言われなくても」
「それが出来んから忠告しとるんじゃ。
 特に、望央ちゃん絡みは」
「……」

それを言われると何も言い返せない。
都合が悪くなった空気を換える意味で
弦耶はコップに水を注ぐと
それを勢いよく飲み干した。
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)