No. 024:万有引力

散文 100のお題

「と、言う様にですね。
 物体と物体の間に働く力の事を
 【万有引力】と呼ぶ訳です」

図書館で資料を漁っている時に
そんな会話が耳に届いた。

【引力】と云う単語に反応したのか。
弦耶は暫し資料となる歴史書に手を添えたまま
無言で虚空を見つめていた。

「…まるで望央の様だな」

誰に返事をした訳でも無く
弦耶はそう独り言ちた。

* * * * * *

この時代、実に藤原姓の多い事。
それだけまつりごとの中枢に
彼等が存在していた事を証明している。

「へぇ…。そんなに意識はしてなかったが」

弦耶は玄武帝の前時代の資料を読み耽っていた。
何故か、気になったのだ。

「この時代の左大臣はみなもとの 在雅ありまさ
 右大臣は藤原ふじわらの 長麻呂ながまろ…か。
 で、陰陽寮に従事していたのが…賀茂かもの 礼惟のりただ
 望央の曾爺ひいじいちゃん、だな」

持参したノートに素早く何かを書き記す。
ふと、学生時代の頃を思い出し
弦耶は苦笑を漏らした。

「今の方が真面目に勉強してるみたいだ」

口元には確かに笑みが浮かんではいるが
彼の両目は真剣そのもの。
十六夜が告げた言葉の【真意】を
彼はこれ等の資料から読み取ろうとしている。

「長麻呂…か」

その名前を口にした瞬間
弦耶は背中に冷たい気配を感じた。
振り返るが、其処には誰も居ない。

(見張られていた? まさか…)

貸出厳禁の資料だけに持ち出す訳にもいかず
彼は必要な要点を素早くメモに書き記すと
丁寧に書庫へと返却した。

* * * * * *

それより少し前。

「うん。…あぁ、此処には来ていない」

永夏は【ことわりの森】の中で
誰かからの着信を受けていた。

「俺は助かったから良いけど…
 アンタは大丈夫なのか? その……」

電話先の相手を気にしている様だ。
次第に彼の表情が曇っていく。

「…無理、するなよ」

そうとしか、言えなかった。
やがて静かに通話は切れ、
永夏もその場から動く事無く
黙って木々の間から顔を覗かせる
冬の青空を見つめていた。
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お題提供:泪品切。(管理人名:yue様)