転 送

現在編・10

疾風は徐に懐から何かを取り出した。
小さな硝子玉の様にも見える。

「それは…?」
「勾玉。転送アイテムだ」
「転…送?」

「俺の生まれ育った時代に飛ぶ。
 もうこの時代には居られない」
「…俺の、所為で?」
「いや。元々俺はお前を迎えに来たんだ。
 お前は俺達の仲間であり、
 大切な鍵だからな」
「鍵…?」
「お前の親父さんも
 一足先に向かっている筈だ。
 俺達の住む時代にな」
「どう云う…意味だ?」

「後で説明する。
 良いな。絶対に俺から手を離すな。
 時空間内で離れれば
 永遠に其処から脱出は出来ない」
「…解った」
「良し…」

疾風は頷くと右手の勾玉を握り締めた。

パリン

小さな勾玉は砕け散り、
眩い光が部屋を包み込む。

そしてその光が消滅した時、
二人の姿もまた消えていた。

* * * * * *

『く…っ!
 体が、裂けそうだ…』

初めての時空間転送は
想像以上にキツかった。
体が、脳が、
バラバラになりそうな衝撃を
何とか堪える丈。

必死に疾風を掴む手に力を込める。
この手だけが事実上の命綱だ。

疾風は慣れているのか、
顔色一つ変えない。
真っ直ぐに光の先を見つめている。

『苦しい…』

握る手に震えが生じる。
衝撃は更に強くなっていた。

「もう少しだ。頑張れ」

疾風は丈の状態に気付いたのか、
抱きかかえる様に彼を捕まえる。

その暖かさが衝撃を和らげたのか
丈は少しずつ
転送の状態に慣れて来た。

長い時間が流れていく。

光の波が様々に色を変え、
二人の姿を照らしていく。

『何度も経験したんだろうか?
 この衝撃を…』

疾風の真剣な横顔を見ながら
丈は一人、そう思った。

果てしなく戦って来たのだろうか。
【仲間】と共に…。

彼を掴まえる手に力を込める。
例えこれからどんな事が遭っても
この手だけは
決して離すまいと心に秘め。

やがて大きな光の空洞が見えて来た。

「終着点だ」

疾風の言葉に頷く丈。
眩い光が二人の体を吸い込んでいった。

* * * * * *

「丈?」

疾風の服を掴んだまま、
丈は気を失っていた。

初めての時空間転送は
彼の体力をかなり消耗させたらしい。

「…無理も無い、か」

疾風はそう言って微笑むと
彼をそっと抱きかかえる。

腕に掛かる重みが嬉しかった。
存在をしっかりと感じられる。

「漸く、お前と一緒に戦える。
 これからが本当の戦場だ、丈…」

彼の耳には届いていないが
疾風はそう呟いた。

「守らせてくれ。今度こそ」

眠る彼の頬にキスを落とし、
疾風は目的地へと歩を進めた。
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