襲 撃

現在編・9

穏やかで優しい時間を過ごしてから
丈の心の中には常に疾風が居た。

「思い出せるさ、いつか…」

帰り際にそう言って微笑んだ彼の
淋しそうな横顔が忘れられない。

思い出す事が良いのか。
或いは良くないのか。

丈には何とも判断出来ない。
名残惜しそうに離れた二人。
記憶は脳裏よりも
体に残っていると云う事か。

或いは、「恋した」のか。

「…相手は男だぞ?」

思わず独り言を呟いた。

まだ熱は冷めない。
締め付けられる様な痛みと共に
心は激しく音を立てていた。

* * * * * *

母と妹を失った悲しみは
少しずつ癒えて来た。
これも疾風の御蔭なのだろうか。
ふとそんな事が頭を過ぎる。

大学には休学届けを出し、受理された。
夕飯の準備をしながら
彼は色んな事を考えていた。

疾風との触れ合いから
早 一週間が過ぎていた。

「また会いに来るよ」

そう言った彼の言葉が
何度も脳裏を横切り、
その度に至福の時間を過ごす。

ピンポーン

「あれ?」

もう父が帰って来たのだろうか?
そう思いながらガスを止める。

「親父?」

ゆっくりと玄関に向かう。

「お帰り、おや…」

ドアを開いた時、
それが誤りだったと気付く。

しかし、もう遅い。
ドアの向こうの男は
静かに拳銃を構えていた。

「…中に入れ」
「……」

丈は黙って
言う通りにするしかなかった。

* * * * * *

「ぐっ!」

拳銃のグリップで思い切り頭を殴られ、
丈は玄関で卒倒する。

「こんな小僧に何を手間取っている。
 さっさとバラしてしまえば良い」

額から流れる血を感じ、
丈は襲撃の意味を知った。
頭部への衝撃で記憶が蘇ったのだ。

母と妹を失った理由も。
全ては自分に有ると云う事が。
そしてあの残状も。

「俺が…一体何を、した…?」

弱々しいながらも睨み付け、
丈はそう尋ねた。

せめてそれだけが知りたかった。
どうせこのまま終わるのなら。

「…知らなくても良い事だ」

男は無情にもそれを拒否し、
冷酷に銃口を丈に向けた。

「…くっ」

丈は覚悟を決め、目を瞑る。

『疾風さん…』

最期にもう一度会いたかったと、
彼は心の中で呼んだ。

* * * * * *

「丈っ!!」

その声が届いたのか。
疾風は真っ直ぐに駆け込むと
男を押さえ込む。

「ハヤ、テ…さん?」
「無事かっ?!」

狭い空間にも関わらず、
疾風は慣れた様子で男を倒す。

「もう限界だな…」

男の息の根を止め、
疾風は静かにそう呟いた。

「?」
「…出来ればこの世界で
 幸せに暮らして欲しかった。
 だが、もうタイムオーバーだ」
「どう云う…意味?」
「こいつは只の尖兵だ。
 後でわんさと集団が押し寄せる。
 流石に俺一人では裁き切れない」
「どうして、俺を…?」

疾風は丈の唇を塞ぎ、
言葉を止めた。

「続きは場所を移動してからだ。
 尤も【時間を超越した】場所だが」
「?」

意味が解らない。
だが、疾風は真剣だった。

「アンタ、一体…?」
「しっかり俺に掴まれ。
 どんな事があっても俺を離すな」
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