丈の心の中には常に疾風が居た。
「思い出せるさ、いつか…」
帰り際にそう言って微笑んだ彼の
淋しそうな横顔が忘れられない。
思い出す事が良いのか。
或いは良くないのか。
丈には何とも判断出来ない。
名残惜しそうに離れた二人。
記憶は脳裏よりも
体に残っていると云う事か。
或いは、「恋した」のか。
「…相手は男だぞ?」
思わず独り言を呟いた。
まだ熱は冷めない。
締め付けられる様な痛みと共に
心は激しく音を立てていた。
母と妹を失った悲しみは
少しずつ癒えて来た。
これも疾風の御蔭なのだろうか。
ふとそんな事が頭を過ぎる。
大学には休学届けを出し、受理された。
夕飯の準備をしながら
彼は色んな事を考えていた。
疾風との触れ合いから
早 一週間が過ぎていた。
「また会いに来るよ」
そう言った彼の言葉が
何度も脳裏を横切り、
その度に至福の時間を過ごす。
ピンポーン
「あれ?」
もう父が帰って来たのだろうか?
そう思いながらガスを止める。
「親父?」
ゆっくりと玄関に向かう。
「お帰り、おや…」
ドアを開いた時、
それが誤りだったと気付く。
しかし、もう遅い。
ドアの向こうの男は
静かに拳銃を構えていた。
「…中に入れ」
「……」
丈は黙って
言う通りにするしかなかった。
「ぐっ!」
拳銃のグリップで思い切り頭を殴られ、
丈は玄関で卒倒する。
「こんな小僧に何を手間取っている。
さっさとバラしてしまえば良い」
額から流れる血を感じ、
丈は襲撃の意味を知った。
頭部への衝撃で記憶が蘇ったのだ。
母と妹を失った理由も。
全ては自分に有ると云う事が。
そしてあの残状も。
「俺が…一体何を、した…?」
弱々しいながらも睨み付け、
丈はそう尋ねた。
せめてそれだけが知りたかった。
どうせこのまま終わるのなら。
「…知らなくても良い事だ」
男は無情にもそれを拒否し、
冷酷に銃口を丈に向けた。
「…くっ」
丈は覚悟を決め、目を瞑る。
『疾風さん…』
最期にもう一度会いたかったと、
彼は心の中で呼んだ。
「丈っ!!」
その声が届いたのか。
疾風は真っ直ぐに駆け込むと
男を押さえ込む。
「ハヤ、テ…さん?」
「無事かっ?!」
狭い空間にも関わらず、
疾風は慣れた様子で男を倒す。
「もう限界だな…」
男の息の根を止め、
疾風は静かにそう呟いた。
「?」
「…出来ればこの世界で
幸せに暮らして欲しかった。
だが、もうタイムオーバーだ」
「どう云う…意味?」
「こいつは只の尖兵だ。
後でわんさと集団が押し寄せる。
流石に俺一人では裁き切れない」
「どうして、俺を…?」
疾風は丈の唇を塞ぎ、
言葉を止めた。
「続きは場所を移動してからだ。
尤も【時間を超越した】場所だが」
「?」
意味が解らない。
だが、疾風は真剣だった。
「アンタ、一体…?」
「しっかり俺に掴まれ。
どんな事があっても俺を離すな」