郷 愁

現在編・5

懐かしい香りを感じた。
この男から。
初めて会う筈なのに、
何故か懐かしい感じを受けた。

サングラスを外した男の瞳は優しげで
…何処か、寂しげでもあった。
綺麗な瞳をしている。
切れ長の鋭い視線。
射貫かれてしまいそうな程鋭い筈が
どうして親しみを感じてしまうのか。

そんな複雑な思いが
涙と変わっていた。
いつの間に流れてきたのだろう。

慌てて拭う丈の手を優しく止め、
疾風はゆっくりと首を横に振った。

「無理は体に毒だ」
「無理なんて…」
「家族を失った悲しみは
 …そんな簡単に癒せるものじゃない。
 そうだろ?」
「…どうして、それを?」
「俺も、似た様な者だから」

丈は見逃さなかった。

その時一瞬見せた疾風の表情を。
涙を堪える横顔。
泣きたいのに泣けない、そんな辛さを。

「泣けば良い。
 誰も咎めやしない」
「……」

丈は嗚咽した。
大声では泣かなかった。
それがせめてもの抵抗だった。
自分は男だから泣かない。
男だから泣けない。
そう思っていたからこそ。

「…強い子だな、君は」

優しく髪を撫で、疾風は微笑んでいた。

* * * * * *

それから二人だけで
他愛も無い話をした。
丈は疾風に
不思議と色々話し掛けていた。
ただ、彼の事を聞くのだけは止めた。
躊躇いがあったのだ。
それを疾風が知るかどうかは別としても。

「真面目な学生やってるって言うのは
 お父さんから聞いてるよ」
「父が…俺の事を?」
「あぁ。『自慢の息子だ』ってね」
「…何だか、不思議だな」
「どうして?」
「余り話さない人なんですよ。
 家に帰ったら物静かで…」
「そうなんだ」

お互いに違うイメージを思い浮かべ、
ふと笑みが零れた。

「良く喋る父の姿って想像つかないよ」
「でも講義の時は話してるだろう?」
「…あまり講義の姿は見ないから」
「何故?」
「父の授業…希望者が毎年殺到してて、
 受講者になれないんだよね。
 敢えて見に行くのも照れ臭いし…」
「成程。息子故の悩み、だな」

疾風は理解を示してくれた。
それが丈にはとても嬉しかった。

* * * * * *

どの位話しただろうか。
やがて空は薄い蒼へと変わって行った。

「おっと、長居したな…」
「あ、お気遣いなく…」
「そうは行かないよ。
 色々疲れただろうから、
 今日はゆっくり休むと良い」
「…そうします」

「また、来ても良いかい?」
「こんな所で良ければ…」

丈の表情に笑顔が戻っていた。
それを嬉しそうに見つめ、
疾風は微笑を浮かべると、
位牌に向かって静かに手を合わせた。
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