父の思い

現在編・6

マンションを出て暫く歩くと
誰かの気配を感じた。
確かに自分をつけている。
街角を利用し、疾風は相手の正体を探った。

「誰だ?」
「…私だよ」
「…だ」
「今はその名で呼ばないでくれ」

正体は恵一だった。

「誰かと思いましたよ」
「お前なら気配で解るだろう?」
「…バレてました?」
「あぁ…」

恵一は微笑を浮かべた。

「どうだった?」
「息子さん、ですね。
 記憶は戻ってません。
 俺の【呪】の効果が続いている様です」
「そうか…。
 流石にあの事件は…」

「…門田(カドタ)さん」
「済まないな、疾風。
 いつかこんな日が来てもおかしくは無かった。
 それなのに…」
「…丈君には、何と説明を?」
「強盗事件だと、告げてある」
「そう…でしたか」

疾風はそっと煙草を取り出し、
恵一に勧めた。

「なかなかいけますね、此処のも。
 どうです?」
「戴こう」

2人は暫し喫煙に時間を費やし
互いに痛みを分け合っている様だった。

* * * * * *

「それでなんだが…」

ふと恵一が口を挟んだ。

沈黙の時が終わる。

「何ですか?」
「私はそろそろ移動しなければならない。
 それで…」
「あぁ。アイツ等、また呼び出しましたか」
「まぁ…な」

「皆まで言わんで下さい。
 丈君は俺が守ります」
「丈には【研究旅行】だと話しておく。
 息子を、頼む」
「解りました」

「これを渡しておこう」

恵一はコートのポケットから
小さな硝子玉を取り出した。

「簡易型だがイザと云う時は使ってくれ」
「…解りました。
 これが必要無い事を祈りますよ」
「本当だな…」

疾風の手に収まった硝子玉は
鈍い光を発している。

「証拠は全て消してます。
 暫くは気付かれる事も無いでしょう」
「だが、向こうは切れ者揃いだ」
「ですね。油断は出来ない…」

疾風の脳裏にふと
丈のぎこちない笑みが浮かんだ。

「可愛いですね。
 20歳…ですか」
「まだ子供だよ。
 お前達と違って」
「此処はそれで許されるんですよ」

口元が緩む。

「嬉しいか?」

恵一はそんな疾風に問うてみた。

「えぇ…。漸く巡り会えましたから。
 最愛の存在に…」
「あの子は何も知らないぞ」
「良いんです。
 これから、作っていきますよ」

「…刹那的な人間だと思っていたが、
 違うんだな」
「彼に関しては何者にも代えられません」

真剣な表情だった。
その表情を見て
恵一は安堵の溜息を吐く。

「お前のその気持ちが
 息子に通じれば良いな。
 あの子にとっても…」
「なら、光栄です…」
「もう一本、戴こうか…」

夜の闇に煙草の煙が二筋絡み合う。
静かな夜だった。
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