嵐の前

現在編・7

男二人で食卓を囲んでいる時
恵一の口から研究旅行の話が出た。

これ迄に何度か経験は有る。
その時は母も妹も居たが
今回は一人だ。

「…解ったよ。
 俺も大人だから留守番位一人で出来る」
「…そうだな」

恵一は何かを考えている様だった。

「親父?」

「…疾風君。
 来てくれたんだな」
「あぁ。…教え子だって?」
「そうだ」
「優しい人だね。丁寧で…」
「そうか」

再び黙り込む恵一に丈は首を傾げた。

「何? 何か言いたい事有る?」
「…実はな」
「何?」
「いや…何でもない」
「…そう」

『何でもない』

こう言われるとそれ以上の追求は出来ない。
昔からそうだ。
恵一のこの一言は
いつも丈の聞きたい事を遮ってしまう。

再び二人は静かに食事を続けた。

* * * * * *

「丈、学校の方はどうするんだ?」

研究旅行に出掛ける父を見送る時
ふとそう言われた。

「休学届けを出して来たよ、昨日」
「そうか…」
「暫く休む事にした。
 色々と一人で考えたいんだ」
「お前にも時間が必要だな」
「親父にもな。
 相変わらず仕事人間だよ…」
「私が仕事を休んだら困るのはお前だろう?」
「…そうだね」
「留守は頼んだぞ。
 それと…」

恵一は何かを決意した様に口を開いた。

「疾風君にお前の事を頼んである」
「疾風さんに?」
「そうだ」
「…昨日言おうとした事、それ?」
「あぁ…」
「…そうだったんだ」

ふと丈の顔が綻ぶ。

又、会える。
その思いが彼を包む。

「じゃあな、丈…」
「行ってらっしゃい!」

元気に手を振る丈は
ずっと父の背中を見送っていた。

* * * * * *

疾風は駅の前で待っていた。
昨日打ち合わせをした場所だ。

「お待ちしてましたよ」
「遅くなった」
「いえ、俺も着いたばかりです」

「…丈の事だが」
「解ってます。
 この街にやはり何匹か潜んでますから」
「倒したのか」
「最低限は。しかし動き難いですね」
「警察が居るからな」

「流石に幹部は来ていないみたいです。
 統率が取れていません。
 それでも悪知恵が働く奴等ばかりで…」
「…どうやら彼等の足止めが効いてる様だな」
「幹部ですか?」
「そうだ。だが何時までも時間は稼げないだろう」
「良くやってると思いますよ。少人数で」
「そうだな。
 さて…疾風」
「はい」

「改めて命令する。丈を守れ。
 あの子は…【鍵】だ」
「解ってます。
 どんな事があっても死守します」
「頼むぞ」

恵一はそう言い残すと
駅の中へと姿を消した。
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