今はこんなにも広い。
改めて寂しさが去来する。
「…取り敢えず、掃除でもするかな?」
手持ち無沙汰を解消するべく
丈は慣れぬ手付きで掃除機を取り出した。
ピンポーン
「? 誰だろう…?」
丈はそのまま掃除機を置き、
玄関に向かった。
「はい…」
「よう」
「疾風さん…」
「一寸近くに寄ったから
顔を出しに来た」
「吃驚した…」
「迷惑だったか?
こんな朝から…」
「いや、暇だったんだ…」
照れ臭そうに丈は笑っていた。
その様子を見て
疾風は記憶が戻っていない事を悟った。
一安心出来た。
彼が傷付く姿は見たくない。
それだけが疾風の心を支配していた。
「それじゃ、お邪魔します」
疾風は礼儀正しく挨拶すると
やはり母と妹の位牌に
丁寧に手を合わせた。
緊張しているのが判る。
手元が震えてくる。
嬉しさからだろう事は推察出来た。
だが、この高揚感は何だろう。
何かが起こる予感。
それを期待する自分。
丈は自分の気持ちに整理が着かず、
なかなか疾風の傍に行けずにいた。
「と、取り敢えず…」
何とかお茶を用意し、客間へと向かう。
「丈君…?」
反対側から
気になったのか疾風がやって来ていた。
「あ…」
「気を使わなくて良いよ」
「でも…」
「…有り難う」
彼の手を支え、
そっと頬に口付けを送る。
当然、丈は唖然としたままだ。
「外国じゃ挨拶だよ?」
「外国…暮らしだったんですか?」
「あぁ…」
「…だからか」
「ん?」
「いえ…独り言…」
赤面しながらも何とか客間に到着する。
其処から母と妹の写真が良く見えた。
「あの…疾風さん…」
丈はしどろもどろで口を開いた。
先程のキスが気になるのだ。
一瞬、何かが丈の脳裏に浮かんで消えた。
「ずっと…会いたかったんだ」
疾風はそっと丈を抱き締め、そう囁いた。
驚きはあったが、
丈の心には
戸惑いも恐怖感も抵抗感も無かった。
「丈…」
体中の力が抜けていく。
昔感じた事のある浮遊感。
疾風はそっと丈の頬に
自分の唇を重ねた。
それが何を意味するのか、
まだ女を知らない彼ながらも
自ずと判っていた。
そして、彼ならば良いとさえ思った。