想 い

現在編・8

4人生活の時は狭く感じた家が
今はこんなにも広い。
改めて寂しさが去来する。

「…取り敢えず、掃除でもするかな?」

手持ち無沙汰を解消するべく
丈は慣れぬ手付きで掃除機を取り出した。

ピンポーン

「? 誰だろう…?」

丈はそのまま掃除機を置き、
玄関に向かった。

「はい…」
「よう」
「疾風さん…」
「一寸近くに寄ったから
 顔を出しに来た」

「吃驚した…」
「迷惑だったか?
 こんな朝から…」
「いや、暇だったんだ…」

照れ臭そうに丈は笑っていた。
その様子を見て
疾風は記憶が戻っていない事を悟った。

一安心出来た。
彼が傷付く姿は見たくない。
それだけが疾風の心を支配していた。

「それじゃ、お邪魔します」

疾風は礼儀正しく挨拶すると
やはり母と妹の位牌に
丁寧に手を合わせた。

* * * * * *

緊張しているのが判る。
手元が震えてくる。
嬉しさからだろう事は推察出来た。

だが、この高揚感は何だろう。
何かが起こる予感。
それを期待する自分。

丈は自分の気持ちに整理が着かず、
なかなか疾風の傍に行けずにいた。

「と、取り敢えず…」

何とかお茶を用意し、客間へと向かう。

「丈君…?」

反対側から
気になったのか疾風がやって来ていた。

「あ…」
「気を使わなくて良いよ」
「でも…」
「…有り難う」

彼の手を支え、
そっと頬に口付けを送る。

当然、丈は唖然としたままだ。

「外国じゃ挨拶だよ?」
「外国…暮らしだったんですか?」
「あぁ…」
「…だからか」
「ん?」
「いえ…独り言…」

赤面しながらも何とか客間に到着する。

其処から母と妹の写真が良く見えた。

* * * * * *

「あの…疾風さん…」

丈はしどろもどろで口を開いた。
先程のキスが気になるのだ。

一瞬、何かが丈の脳裏に浮かんで消えた。

「ずっと…会いたかったんだ」

疾風はそっと丈を抱き締め、そう囁いた。

驚きはあったが、
丈の心には
戸惑いも恐怖感も抵抗感も無かった。

「丈…」

体中の力が抜けていく。
昔感じた事のある浮遊感。

疾風はそっと丈の頬に
自分の唇を重ねた。
それが何を意味するのか、
まだ女を知らない彼ながらも
自ずと判っていた。

そして、彼ならば良いとさえ思った。
Home Index ←Back Next→