その寒さに、丈はふと目を覚ました。
「…疾風さん?」
返事は無い。
彼の事だ。
気を利かせて、寝かせてくれたのだろう。
「一人は寒いな…」
無機質の部屋さえも暖かく感じたのは
彼が傍に居てくれたから。
「俺…」
いつの間にか彼を想う自分が居た。
頼り甲斐のある優しい存在。
疾風の姿が見えないだけで
こんなにも不安になる。
「しっかりしないと、な」
着替え終わった丈は
静かにベッドに腰を下ろした。
体のあちこちが微かにまだ痛む。
その痛みを味わいながら、
彼は瞳を閉じた。
「遂に…到着したんだ……」
「ん?」
静かな歌声が聞こえてくる。
高く低く。
直接脳裏に響く様にして。
「…歌」
聴いた事の無い言葉で紡がれる歌。
優しく癒される様な歌声だった。
黙ってその歌に耳を傾ける。
知らず知らずの内に
瞳から涙が溢れてきた。
彼を抱き締める様に優しく包み込む。
歌っているのは女性の様だった。
慈愛に満ちた声。
傷にそっと滲み込んで行く様に
彼女の声は彼に浸透していく。
「…久しぶりに聞いた、歌なんて」
やがてその声も聞こえなくなった。
「確か、こんな感じだったな…」
彼の口から先程のメロディが奏でられる。
たった一度聞いただけ。
言葉も判らない。
だがハミングで彼は
先程の歌を再生していた。
自分で歌ってみてふと思う。
優しいメロディ。
「子守唄、みたいだな」
フッと丈は微笑んだ。
幼い笑みを浮かべて。
「起きた?」
様子を見にか、漣が顔を出す。
「うん。色々有難う」
「礼には及ばないよ。
本当に礼儀正しいんだね」
優しく頭を撫でる漣。
何だか恥ずかしくて丈は思わず俯いた。
「どうしたの?」
「疾風…さんは?」
「あぁ。轟と外に出た」
「轟…さん?」
「仲間の1人さ」
「そう…」
不意に寂しさが顔に表われる。
出来れば傍に居たい。
でもそれは叶わない現実。
そう、此処は戦場なのだから。
甘えは、一切許されない。
「あの、さ…」
丈はふと話を変えた。
「何?」
「さっき、誰か歌ってなかった?
女の人」
「歌? 歌って何?」
「え? 音楽も聞こえてないの?」
「音楽? それ何?
君って博識なんだね。
僕、尊敬するよ」
「歌も音楽も無いのか、この世界は…」
「?」
「あ、歌や音楽って言うのは…
娯楽だよ。えぇ…と…」
「娯楽ね。それなら意味が判る」
「そうか。その娯楽の一種」
「ふ~ん。まぁこの世界には
余裕が無いからなぁ~」
「確かにね…」
丈は先程の歌い手が
気になって仕方が無かった。
「誰だったんだろう。
俺にしか聞こえない、歌…」
一人、丈は呟いた。