歌 声

異世界編・1-10

体が寒い。
その寒さに、丈はふと目を覚ました。

「…疾風さん?」

返事は無い。
彼の事だ。
気を利かせて、寝かせてくれたのだろう。

「一人は寒いな…」

無機質の部屋さえも暖かく感じたのは
彼が傍に居てくれたから。

「俺…」

いつの間にか彼を想う自分が居た。

頼り甲斐のある優しい存在。
疾風の姿が見えないだけで
こんなにも不安になる。

「しっかりしないと、な」

着替え終わった丈は
静かにベッドに腰を下ろした。

体のあちこちが微かにまだ痛む。
その痛みを味わいながら、
彼は瞳を閉じた。

「遂に…到着したんだ……」

* * * * * *

「ん?」

静かな歌声が聞こえてくる。

高く低く。
直接脳裏に響く様にして。

「…歌」

聴いた事の無い言葉で紡がれる歌。
優しく癒される様な歌声だった。
黙ってその歌に耳を傾ける。

知らず知らずの内に
瞳から涙が溢れてきた。
彼を抱き締める様に優しく包み込む。

歌っているのは女性の様だった。
慈愛に満ちた声。
傷にそっと滲み込んで行く様に
彼女の声は彼に浸透していく。

「…久しぶりに聞いた、歌なんて」

やがてその声も聞こえなくなった。

「確か、こんな感じだったな…」

彼の口から先程のメロディが奏でられる。
たった一度聞いただけ。
言葉も判らない。

だがハミングで彼は
先程の歌を再生していた。

自分で歌ってみてふと思う。
優しいメロディ。

「子守唄、みたいだな」

フッと丈は微笑んだ。
幼い笑みを浮かべて。

* * * * * *

「起きた?」

様子を見にか、漣が顔を出す。

「うん。色々有難う」
「礼には及ばないよ。
 本当に礼儀正しいんだね」

優しく頭を撫でる漣。
何だか恥ずかしくて丈は思わず俯いた。

「どうしたの?」
「疾風…さんは?」
「あぁ。轟と外に出た」
「轟…さん?」
「仲間の1人さ」
「そう…」

不意に寂しさが顔に表われる。

出来れば傍に居たい。
でもそれは叶わない現実。
そう、此処は戦場なのだから。
甘えは、一切許されない。

「あの、さ…」

丈はふと話を変えた。

「何?」
「さっき、誰か歌ってなかった?
 女の人」
「歌? 歌って何?」
「え? 音楽も聞こえてないの?」
「音楽? それ何?
 君って博識なんだね。
 僕、尊敬するよ」
「歌も音楽も無いのか、この世界は…」
「?」
「あ、歌や音楽って言うのは…
 娯楽だよ。えぇ…と…」
「娯楽ね。それなら意味が判る」
「そうか。その娯楽の一種」
「ふ~ん。まぁこの世界には
 余裕が無いからなぁ~」
「確かにね…」

丈は先程の歌い手が
気になって仕方が無かった。

「誰だったんだろう。
 俺にしか聞こえない、歌…」

一人、丈は呟いた。
Home Index ←Back Next→