実力の差

異世界編・1-17

「お~い、丈!」

ノック無しにいきなり丈の部屋を明ける轟。
この豪快さは性格の齎す物らしい。

丈はと云うと
疾風と何やら話をしている最中だった。

「あ、轟さん…」
「何だ、疾風も居たのか」
「何だはねぇだろ?
 お前こそ何だよ」

二人きりの時間を妨害され、
見るからに疾風の機嫌は悪い。

「疾風は置いといて…。
 なぁ、丈。俺と手合わせしねぇか?」
「手合わせ?」
「お前、格闘出来るんだろ?
 どの位の強さか見極めてぇんだ」
「…俺は別に構わないですけど」

疾風の不機嫌な表情をチラリ見しながら
丈はそっと答える。

実際、轟との手合わせは彼も望んでいた事だ。
漣から仲間達の戦闘スタイルを聞き、
轟とは良い訓練が出来るのではと
思っていたのだから。

ただ、疾風が不機嫌になる事は
想定していなかった。

「轟」

疾風が突然声を発する。
かなり殺気を帯びている。

「何だ?」
「丈に怪我させてみろ。
 俺が絶対許さねぇからな」
「おぉ怖っ!
 善処するよ…」

態と恐れるポーズを取り、
轟は部屋を後にする。

「場所はトレーニングシステムルーム。
 さっきの暗室だ」
「解った」

丈の返事を聞き、轟は後姿のまま手を振る。

疾風の機嫌はまだ納まっていない。
轟の強さは疾風が一番良く解っている。
然も『手加減』等と云った小細工が
全く出来ない不器用な戦士だと云う事も。

「誰の入れ知恵だ…? 団長か?」

疾風は後ろから
丈を羽交い絞めする様に抱き
そう呟いた。

* * * * * *

プロテクターを装備し、
丈は轟と相対した。
先程とは違い
頭部にもプロテクターを装備している。
これは漣の配慮だった。

「じゃあ遠慮なく行くぜ!」

声と共に猛然と轟が突進して来た。
2メートルを超える巨漢の轟の突進に
流石の丈も受け止める事は不可能と踏んだらしい。
軽い身のこなしで反転し、
その勢いで彼目掛けて拳を叩きつける。

しかし、轟は楽々とその拳を受け止めていた。

「!」

距離を置き、今度は蹴りを連発するが
彼は全く怯まない。
微動だにせず、平然と蹴りを受けていた。

「今度はこっちから行くぜ」

轟はそう言うと利き腕の左ストレートを放った。
間一髪交わしたものの
頬を風圧が裂く。
拳圧だけでダメージを受けているのである。

直撃したら、そう思うと
体が一瞬萎縮した。

「そんなもんか?」

轟は挑発するように言い放ち、
パンチを応酬して来た。

丈は何とかガードしているが
両腕が千切れそうに痛む。

「く…っ!」

確かに肉弾戦は轟に分があるだろう。
それでも負けたくは無かった。
疾風の目の前で、無様な真似は出来ない。

「っ!」

一瞬の隙を突き、丈は蹴りを下段に放った。
轟の盲点、足である。

大きく尻餅をつく轟に
間髪入れず丈は追撃を加えようとした。

「退けっ!!」

疾風が突然叫ぶ。
その叫びも丈には聞こえていない。

疾風には解っていた。
これは轟の得意とする戦法だ。
彼は間違いなく丈の腕を見込んだ。
だから次の攻撃は容赦が無い筈だ、と。

案の定だった。
轟の拳が丈の腹部にめり込む。

「ゴフッ!」

瞬時に口から多量に血が吐き出された。
腹部からメキメキと嫌な音が響いた。
プロテクターを着けているにも拘らず、である。

「し、しまったっ!」

慌てたのは寧ろ轟の方だった。
咄嗟の事で加減が出来なかったのだ。

「丈! おい、丈っ!!」
「動かさないで!
 肋骨折れてるっ!!」

素早く漣が駆け寄り、指示を出す。

「轟、ゆっくりと丈を
 セルファーへ運んで」
「あ…あぁ」

『セルファー』とは漣が開発した
集中治療器である。
アクアミルに満たされたガラスの様な箱の中で
様々な外傷を治療してきた。
彼ら亜種人類は自己治癒能力が高いのだが
セルファーはそれを補助する働きがあるのだ。

「……」

疾風は黙って遣り取りを見ていたが、
その鋭い視線はやがて恵一に向けられた。

「…満足ですか、団長?
 息子のあの姿を見て」

恵一は答えなかった。
疾風は堪らず煙草を銜え、
苛立ちを無理やり押さえ込もうとしていた。
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