深遠の意識

異世界編・1-19

深い眠りのまま
丈はセルファーの中に居た。
深い、深い眠りの中。
微かにだが声が聞こえてくる。

『誰…だ?』

脳裏に響く子供の声。
そして、優しげな男の声。

『…ないな。お前を…』

途切れ途切れの声が聞こえてくる。

『希望…』

頬を幻の手が触れる。
優しげな声と同じ、
暖かな温もり。

少しずつ意識が薄れていく。
そしてまた、
体が海に沈んでいく様な感覚に襲われた。

水と一体化する感覚。

『孵って…いく?』

羊水に浸る胎児の様に
自分は何かに包まれて居る。

『疾風…さん……』

微かな声で、彼はそう呼んだ。
その言葉は丈と言うよりも
丈の中に居るもう一人の声だった。
この世界とは別の音。
その声で、彼は疾風を呼んでいた。

『疾風…ハヤ、テ……』

彼の言葉は届かない。
そしてまた一層
意識は奥へと堕ちて行った。

* * * * * *

「意識レベルがだいぶ落ちてるね…」

漣が心配そうにモニターを見つめる。

丈の様子を看る為、
彼は一睡もしていない。
あれから3日が過ぎていた。

「殆ど意識が無い状態だよ」
「…回復するのか?」
「う~ん、何とも言えないね。
 彼は僕達と脳の働き容量も違うし」
「どう違う?」

「僕達はほぼ100%使う事が出来るけど
 丈は精々40%が上限だ」
「40%?」
「通常の人間で凡そ30%。
 僅かに上回っているだけだ。
 亜種の血が流れているとは言え
 この容量は極端に少な過ぎる」

「容量が少ないとどうなる?」
「まず【呪】は使用出来ないね。
 【呪】の行使には最低でも
 70%の要領を必要とする。
 後は自己再生能力にも影響が出る。
 アレは50%以上から発動するし…」
「…丈」

ハヤテは心配そうに
セルファー内の丈を見つめる。

「彼、脳に欠陥が有るみたいだ」
「脳に?」
「うん。…ノイズが走ってる」
「ノイズ…」
「だから幻聴が聞こえたりするんじゃないかな」

漣は音楽と云う概念を知らない。
「歌が聞こえる」と言った丈の言葉は
彼にとって【脳の欠陥】と捉えられたらしい。

「…治せよ、絶対」
「疾風…」
「俺はまだアイツに何もしてやれてない。
 【また】失うのだけは御免だ」
「全力を尽くすよ」
「頼むぜ、ドクター」

見守る事しか出来ない自分が歯痒い。
それでも疾風はじっと見つめていた。
深い眠りに付く丈を。

* * * * * *

海の様な景色に見えるが
空を浮いてる感じもする。

『此処は…?』

彼の体は浮いていた。
正しく言えば【飛んで】いた。
自身に備わった大きな4枚の羽根が
風を受け止め、流し、
彼を大空に羽ばたかせている。

『飛んで…るのか? 俺…』

真下に広がるのは見渡す限りの草原。

『この場所…』

記憶に残る場所である。
知らない筈なのに、記憶に残る。

『綺麗な草原…。
 こんな場所がまだ有ったんだ』

彼は羽根を羽ばたかせ、
更に上空を目指した。

太陽目指して。
そして…眩い光に包まれる。
全てが真っ白になって
ゆっくりと消えていった。
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