目覚め

異世界編・1-7

寝息が穏やかになってきた。
幾分か楽になってきた様な気配だ。

「熱は…少し下がったな」

疾風は胸を撫で下ろした。
どうやら峠は越えたらしい。

【過去の丈】の記憶がどう作用したのか。
それは疾風にも解らなかったが。

過去、そして今。
想い人の苦しみの輪廻は
立ち消える事無く続いている。

「お前は…優し過ぎるんだよ…」

そう、優しい。
誰に対しても。

それが彼を苦しめている。
もっと勝手に生きれれば良いものを。
しかし決して彼はそう生きないだろう。

解っている。

誰かに対してのみ
その力を使う男だったから。
優しい微笑を絶やさず
勇気を振り絞れる人間だったから。

だから今も…。

「丈…」

頬にそっとキスを送った。
せめてもの償いだった。

「目が覚めたら…
 この腕で抱き締めたい…」

疾風はそう呟いた。

* * * * * *

「う…ん……」

それからどの位時間がたっただろうか。
漸く丈が目を覚ました。

喉が渇いたらしく
彼方此方をキョロキョロ探している。

「ほら」

疾風が良く冷えたコップを手に
笑顔を浮かべている。

「これ…」
「アクアミル。此処での飲料水だ。
 お前の世界と違って
 此処にはこれしかない」
「水?」
「ミネラルウォーターに近いな」
「戴きます」

味は無かったが美味かった。
渇き切った喉に浸透する。

「酷い熱だった。
 ダルいだろう」
「うん。少しぼんやりする」
「良く頑張ったな」
「此処が…」
「そう、俺の故郷。
 50年後の日本…」
「…着いたんだね」
「あぁ…」

疾風はそっと丈の上着を脱がした。
酷く汗をかいていた為、
不快感は尚更だろう。

「汗かいただろう。
 着替えたら良い」
「うん。…シャワー有る?」
「有るぜ。
 但しちと仕組みが変わってるが」
「どう云う意味?」
「水が出るんじゃなく、
 汚れを吸い上げるんだ。
 この時代、水は貴重なんでな」
「へぇ~、汚れをね…。
 クリーンルームみたいだな」

「お前は理工学部だったな」
「うん。まぁまぁの成績だったけど」
「理解が早いから助かる。
 漣も話し相手が増えて喜ぶだろう」
「漣さん? 医者の?」
「本職は科学者だ。
 一応本人の為に言っておく」
「成程、兼任…ね」
「此処の設備は全て漣の自作だ。
 恍けているが頭脳は天才だよ」
「凄い人が居るんだ」
「まぁな。
 此処にはスペシャリストが揃っている」

「俺…居ても良いのかな?」
「良いんだよ」

疾風はそう言うと、そっと彼を抱き締めた。

「寧ろ、居て欲しいんだ。
 他ならない、俺が…ね」
「疾風さん…」
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