タバサ

パラサイダー編・4

『丈…』

誰かが彼を呼んでいる。

聞き覚えの有る声。
そう、この声は…。

『歌、姫…』

彼女の声だった。
以前よりもはっきりと
彼女の声を聞く事が出来る。

『大丈夫、丈?』
『俺は…一体…』
『良かった。
 体が眠っているだけね。
 意識は起きているのね』
『俺、は…?』
『今は何も思い出さなくても良いわ』

『君の声が、聞きたかった…』
『私も…』

幻の彼女が、そっと微笑んだ様に感じた。

『まだ…名前、聞いてなかった』
『私の名前?』
『あぁ…』

『タバサ』
『タバサ…?』
『そう、タバサよ』
『可愛い名前だね』
『有り難う。
 名付け親はお婆ちゃんなの』
『親じゃないのか?』
『知らない。
 私、物心付いた時から
 お婆ちゃんと二人だけで住んでたから…』
『そうなのか…。
 御免、辛い事聞いて…』
『気にしないで』

耳に水の音が届いた。

『雨?』
『近くに池があるの。
 …その音が聞こえたの?』
『かも知れない…』

意識が遠退いていく。
再び昏睡状態に陥る。

『お休み、丈…』
『タバサ…』

丈の意識は再び眠りに付いた。

* * * * * *

「テレパシーか」

総帥はデータから二人の会話を読み取った。

「タバサ…。
 聞き覚えのない名前だが
 一度探らせるか」

丈の意識が眠りに付いたのを見計らい、
再び総帥の手が動く。
物凄いスピードで
モニターの画像が変わっていく。

「不必要な情報は消去せよ」
「了解シマシタ」

コンピュータが回答する。

母と妹の死、そして過去の自分の死。
それらの記憶がデータ化され
不必要な情報として次々と消去されていく。

「脳ノ覚醒率、55%超エマシタ」
「100%迄、持って行け」
「了解シマシタ」

更に記憶が操作され、消去されていく。
丈の表情に変わりはない。
只、額の瞳は忙しなく動き
総帥を見つめている。

「生まれ変われ。【スザク】として」

総帥はそう言うと
一連の作業をコンピュータに任せ
そっと席を立った。

* * * * * *

「疾風っ?!」

アジトの入口で
パラサイダーの返り血を全身に浴びた疾風が
険しい顔で立ち尽くしていた。

漣は慌てて駆け寄ったが
その険しい表情に恐怖心が宿る。

「丈の…反応は?」
「いや…その…」
「疾風」

恵一が鋭い声で彼を呼ぶ。

「はい」
「誰が現れた?」
「…クラブ、です」
「四天王か」
「はい…」
「狙いは、丈か?」
「多分…」
「そうか。…下がって良いぞ」

「団長!」

その淡々とした口調に
思わず轟が口を挟み掛ける。

「…四天王を使って迄
 丈を攫ったのだ。
 疾風一人では荷が重かっただろう」
「…失礼します」
「疾風!」

苛立ちは消えない。
疾風は小さく会釈すると
自室へと消えていった。

「…彼にとっては
それだけでかなりのダメージだ。
体じゃない。心の、な」

恵一は静かにそう呟くと
再びモニターの動きを追った。

「丈…」

今何処に居るか知れぬ
息子に語り掛ける様に。
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