丈の体に刻まれていく。
苦痛に呻きながらも
その瞳は真っ直ぐに
スペードを睨みつけていた。
「俺が…憎いか?」
「……」
「ならもっと憎め。
憎しみがお前をより魅了する」
「何?」
その瞬間、体が浮遊感を感じた。
意識とは別に、全身が動かない。
「これ…は…」
「俺の目は敵を魅了させる働きがあってな。
コレでお前は俺の虜だ」
「く…っ」
抵抗しようにも体に力が入らない。
焦る心とは裏腹に、無常に時間が流れていった。
ぼんやりと天井を見上げたまま
まるで人形の様に無抵抗だった。
「此処まであっさり堕ちてくれるとはな。
手間が省けると云うものだ」
スペードは不気味に笑いながら
丈の上着を剥ぎ取った。
「忘れさせてやろう。
想い人の事もな…」
動かない体、視線、そして表情。
せめてもの抵抗は
瞳から流れ落ちる涙。
暗闇に閉ざされても尚
彼の心の隅では光が輝いている。
まだ負けた訳では無い、と。
それがたとえ弱々しい光であったとしても。
丈は懸命に戦っていた。
スペードと、奈落の闇に飲まれそうな自分自身に。
『丈…』
まどろみの中、タバサの声が聞こえた。
『タバサ…』
『丈、負けないで!
貴方は負けちゃ駄目な人なの』
『俺が…?』
『約束してくれたわ。
必ず私に逢うと…。
忘れたの?』
『俺は…』
いつか会いたい、
そう願った自分を思い出す。
彼女は聞いてくれていたのだ。
その【願い】を。
『逢いに来て! 丈!!』
「タバサ…っ!!」
「何?」
丈は呪縛を打ち破った。
振り上げた右腕が
スペードの顔を強打する。
思いもかけぬ反撃に
スペードも冷静さを失ったらしい。
「小僧…良い度胸だ。
望み通り食ってやる…」
「お前の…思い通りに、
誰がなるかっ!」
ふら付きながらも何とか立ち上がる丈。
重い体を立たせているのは
何よりも仲間達の事に他ならない。
スペードの右手が鋭い鎌状に変化した。
「切り刻んでやる…」
「……」
四天王を本気にさせた以上、
自分もただでは済まないだろう。
それでも丈は退かなかった。
「其処までだ」
その時、不意に誰かが仲裁に入った。
「総帥…それにクラブ」
クラブは銃口をスペードに向けて威嚇している。
「退け、スペード」
「しかし…」
「命令だ」
「……御意」
スペードは大人しく腕を元に戻し、
部屋を後にした。
それに続いてクラブも部屋を出る。
「…怖かったか?」
総帥はふと丈に声を掛けて来た。
「何故…?」
「?」
「何故、俺を…?」
「お前には生きて貰わなければならない。
たとえ、【死】を望みたくなる様な
地獄の日々を味わってもな」
「…生きて……」
「そうだ…」
「……」
敵である筈なのに。
総帥の言葉は重く心に響いた。
「アンタは、一体…」
「直ぐに忘れる。
此処に居た事もな」
「どう云う意味だ?」
「お前を仲間の元に返してやろう。
全ては其処から始まる。
其処からがお前の本当の記憶だ」
「待ってくれ、俺は…っ!!」
総帥はコートを翻し、部屋を後にした。
「クラブ」
部屋の外で待機していたクラブに声を掛ける。
「はい」
「後で彼にこれを飲ませて運んでくれ。
拠点へ転送させる」
「彼を帰すのですか」
「あぁ。…それが【彼の為】だろう」
「御意に」
クラブはそう言うと
総帥と入れ違いに部屋へと入って行った。