危 機

パラサイダー編・7

激しい抵抗の傷跡が
丈の体に刻まれていく。
苦痛に呻きながらも
その瞳は真っ直ぐに
スペードを睨みつけていた。

「俺が…憎いか?」
「……」
「ならもっと憎め。
 憎しみがお前をより魅了する」
「何?」

その瞬間、体が浮遊感を感じた。
意識とは別に、全身が動かない。

「これ…は…」
「俺の目は敵を魅了させる働きがあってな。
 コレでお前は俺の虜だ」
「く…っ」

抵抗しようにも体に力が入らない。
焦る心とは裏腹に、無常に時間が流れていった。

* * * * * *

ぼんやりと天井を見上げたまま
まるで人形の様に無抵抗だった。

「此処まであっさり堕ちてくれるとはな。
 手間が省けると云うものだ」

スペードは不気味に笑いながら
丈の上着を剥ぎ取った。

「忘れさせてやろう。
 想い人の事もな…」

動かない体、視線、そして表情。
せめてもの抵抗は
瞳から流れ落ちる涙。

暗闇に閉ざされても尚
彼の心の隅では光が輝いている。
まだ負けた訳では無い、と。
それがたとえ弱々しい光であったとしても。

丈は懸命に戦っていた。
スペードと、奈落の闇に飲まれそうな自分自身に。

* * * * * *

『丈…』

まどろみの中、タバサの声が聞こえた。

『タバサ…』
『丈、負けないで!
 貴方は負けちゃ駄目な人なの』
『俺が…?』
『約束してくれたわ。
 必ず私に逢うと…。
 忘れたの?』
『俺は…』

いつか会いたい、
そう願った自分を思い出す。
彼女は聞いてくれていたのだ。

その【願い】を。

『逢いに来て! 丈!!』
「タバサ…っ!!」
「何?」

丈は呪縛を打ち破った。

振り上げた右腕が
スペードの顔を強打する。
思いもかけぬ反撃に
スペードも冷静さを失ったらしい。

「小僧…良い度胸だ。
 望み通り食ってやる…」
「お前の…思い通りに、
 誰がなるかっ!」

ふら付きながらも何とか立ち上がる丈。
重い体を立たせているのは
何よりも仲間達の事に他ならない。

スペードの右手が鋭い鎌状に変化した。

「切り刻んでやる…」
「……」

四天王を本気にさせた以上、
自分もただでは済まないだろう。
それでも丈は退かなかった。

* * * * * *

「其処までだ」

その時、不意に誰かが仲裁に入った。

「総帥…それにクラブ」

クラブは銃口をスペードに向けて威嚇している。

「退け、スペード」
「しかし…」
「命令だ」
「……御意」

スペードは大人しく腕を元に戻し、
部屋を後にした。
それに続いてクラブも部屋を出る。

「…怖かったか?」

総帥はふと丈に声を掛けて来た。

「何故…?」
「?」
「何故、俺を…?」

「お前には生きて貰わなければならない。
 たとえ、【死】を望みたくなる様な
 地獄の日々を味わってもな」
「…生きて……」
「そうだ…」
「……」

敵である筈なのに。
総帥の言葉は重く心に響いた。

「アンタは、一体…」
「直ぐに忘れる。
 此処に居た事もな」
「どう云う意味だ?」
「お前を仲間の元に返してやろう。
 全ては其処から始まる。
 其処からがお前の本当の記憶だ」
「待ってくれ、俺は…っ!!」

総帥はコートを翻し、部屋を後にした。

「クラブ」

部屋の外で待機していたクラブに声を掛ける。

「はい」
「後で彼にこれを飲ませて運んでくれ。
 拠点へ転送させる」
「彼を帰すのですか」
「あぁ。…それが【彼の為】だろう」
「御意に」

クラブはそう言うと
総帥と入れ違いに部屋へと入って行った。
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