旅 路

過去編・1

疲れが眠気を誘い、
丈はそのまままどろんでいた。
遠くから誰かが自分を呼ぶ声がする。
意識は再び奥へと溶けて行った。

* * * * * *

ゾロゾロと続く人の波。
丈はその中に居た。
其処には当然の様に
疾風も、漣も、轟も居た。

先頭を歩くのは父、恵一。
強い風と雨に耐えながら
老若男女はひたすら歩く。

「アナタ…」

身重の女が声を掛ける。
相手の男は具合が悪いのか
青白い顔のままその場に座り込んだ。

「私は此処までだ。…後は、頼む」
「そんな…」

列の後方でそんな遣り取りが聞こえてきた。
堪らずに丈が駆け寄る。

「丈!」
「又、アイツの悪い癖だ」

轟はそっと呟き、恵一を見つめる。
彼は振り返らず 只、歩いていた。

「俺の肩に掴まれ」
「丈…」
「丈さん…」
「さぁ、早く」
「でも…」
「アンタが此処で諦めたら
 奥さんと子供はどうなるんだ?
 諦めるなよ!」

半ば無理矢理に立たせ、
丈は抱きかかえる様にして歩き出した。
やがて何も言わずに
疾風が傍にやって来る。

男の反対側の腕を取り
無言で丈を援護する。

「疾風…」
「誰一人、失いたくないんだろ?」

常日頃呟く丈の独り言を
疾風は聞き漏らしていなかった。

人々の波は変わらずに進む。
無言のまま。
楽園目指して。

* * * * * *

「此処で休憩するぞ」

恵一の言葉に人々は安堵の声を漏らした。

目的地まではまだまだ遠いが
一先ず安心出来る地点までは来れた。
子供達は無邪気にはしゃぎ
束の間の明るさが蘇る。

「大丈夫?」

丈は男の容態を確かめる。
体力はそれほど落ちる事無く来れたらしい。
男は嬉しそうに微笑んでいた。

「良かった…」
「丈…」
「ん? 何?」
「…有り難う」
「当たり前だろ、仲間だもん」

彼は照れ臭そうにそう言うと
静かにその場を後にした。

* * * * * *

「丈」

足を川の水で冷やしていると
後ろから誰かが呼び掛けて来た。

「美雨…」
「怪我、したんでしょ?見せて」
「大した事無いよ」
「見せて!」
「…解った」

昔から美雨には口で勝てた事が無い。

疾風の妹。
そして一族唯一の巫女。
彼の大切な幼馴染である。

「やっぱり切れてる…」

足の裏は切れた部分と腫れた部分で
実際はかなり痛む。

痛みを誤魔化す為に川に付けていたが
美雨にはお見通しだった様だ。

「正義感は強いけど
 形振り構わないのね、丈は」

薬草を患部に貼り、固定する。

「長、此処で暫く休むって。出発は明後日。
 体調、整えておけってさ」
「…解った。有り難う、美雨」
「全く、世話の焼ける幼馴染だこと」

美雨は憎まれ口を叩きながら笑った。
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