束の間の休み

過去編・2

その晩。

人々が疲れ果て眠っている中、
丈は一人、別の場所へと移動していた。

夜空が余りにも綺麗で
寝るのが惜しいと思ったのか。
それとも、別の目的か。

静かな丘。

黙って吸い込まれるように
夜空を見上げていた。
その額に輝く第三の瞳。
そして…背中には
輝くばかりの紅い4枚の大きな羽根。

「飛びたいな…」

夜空を駆けたい。
ふと、そんな衝動に駆られた。
背に翼を持つ者の
純粋な迄の願い。

今はまだ、叶わない儚い夢であった。

* * * * * *

「丈…」
「疾風…」

其処へ疾風がやって来た。

「良い月夜だ」
「本当だね。
 月光浴には持って来いだよ」

月の光に照らされる
彼の横顔は神秘的なまでの美しさだった。

昔からそう思っていた。
男にしておくには惜しい
優しく整った顔立ち。
本人は童顔だと気にしているが
疾風にとっては何にも代え難い
愛しい表情だった。

「天使の降臨だな」
「ん? 何?」
「…独り言だよ」

照れ臭そうに疾風は呟くと
態と大袈裟に丈を抱き締めた。

* * * * * *

「丈、居ないね」

その頃、目を覚ました漣が
轟に声を掛けた。

「疾風もだな」
「じゃあ…」
「まぁ、いつもの空中遊泳だろう」
「いつもの…あぁ……」

「そう思わないか?」
「まぁ…ね。
 此処の所ご無沙汰だったから。
 二人とも元気あるね。
 僕なんてヘトヘトでさ…」
「それがあいつ等の生き甲斐なんだろ?
 まぁ、折角のお楽しみだ。
 二人きりにさせてやろうぜ」
「それもそうだね。
 邪魔はしたくないよ」

「…良いもんだな。
 恋人同士って云うのも」
「二人共優れた術師だし、欠点が無いもんね。
 丈は正義感が強いし、疾風は冷静だし…」

「…ただ、上がな」
「そうだね…」

二人の表情が突然重くなる。

「どうにかならないのかな?
 このままじゃ…余りにも……」
「漣……」
「……」

「寝ようぜ、漣」
「うん。お休み、轟…」

それ以上の事はお互い言わなかった。
いや、言えなかった。
理解しているからこそ、
言えなかったのである。

不憫な身の上に立つ2人の関係。
強く惹かれ合い、信頼し合う恋人達。

そして、その間に佇む『闇』を。

笑顔でいて欲しい。
2人には、誰よりも幸せになって欲しい。
誰よりも苦しんでいるからこそ
必ず幸せを掴み取って欲しい。

それが漣と轟、共通の願いだった。
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