『楽園』の崩壊

過去編・10

『その時』は、突然訪れた。

美雨が見た予知夢の如く。
正に火の海と化した村で
追っ手が次々と村人を惨殺していった。
大人も子供も、男も女も無い。
正に無差別だった。
下卑た哂いと悲鳴が交差する。

「御子だ! 御子を捜せ!!」

その声に疾風が反応した。

「丈ッ!!」
「疾風!」
「これを持って逃げろ。美雨と共に」
「俺も戦う!」
「駄目だ! 美雨が一人になってしまう。
 それは、それだけは…」

兄として、だろう。
疾風は縋る様に丈に訴える。

「疾風…」
「頼む、丈…」

疾風の差し出した勾玉を受け取り
丈は静かに頷いた。

「解った…」

丈にも言いたい事は山程ある。
だが、それらを敢えて飲み込んだ。
時間が迫っている。

「美雨を、頼む…」

疾風はそう言うと
武器を片手に駆け出して行った。

「逃げろっ!!」

村人達を少しでも安全な場所へ誘導する為、
彼は声を限りに叫んでいた。

「疾風…済まない…」

勾玉を握り締め、丈は駆け出した。
美雨の元へ。

* * * * * *

「丈…」

美雨は蔵の中で身を潜めていた。

「美雨」
「子供達が、私を…」
「何も言うな」

丈はそっとその唇を自身の唇で塞いだ。

巫女に対して禁忌とされた
男と女の交わりだった。

「俺は…お前を守る」
「丈…」
「何者からも。
 運命からも、解き放つ」
「…私はどうなっても良い。
 丈さえ居てくれたら、私は…」
「美雨…」

勾玉が鈍い光を放つ。
丈の心は決まっていた。
そう、決まっていたのだ。

「愛してる、美雨」
「私も、愛してるわ…丈…」
「だから…生きてくれ」
「丈…?」

「勾玉よ…」

丈はそっと語り掛ける。
その声は妙に澄んでいた。

「美雨を…『争いの無い平和な世界へ』」
「丈っ?!」

「お前を道連れには出来ない。
 でも、俺は必ずお前を見つけ出す。
 時空を超えても、必ず…」
「丈…」

美雨は涙声だった。

「必ず見つけ出してみせる。
 その時こそは…幸せになろう。
 俺達、皆で…」
「約束よ、丈。私…待ってるから。
 貴方を、待ってるから…」
「必ず…約束だよ、美雨」
「丈…」

声が霞む。
姿が幻となって静かに消えていく。
美雨は時空を越えて何処へ行くのだろうか。
それは丈にすら解らない。

ただその先が
彼の言う『争いの無い平和な』世界であると
祈るのみ。

「愛してる。
 本気で…愛してるよ、美雨」

丈はそう呟くと戦乱の地へと戻って行った。
自らの意思で、戦う為に。
勝ち目の無い戦へと身を投じたのだった。
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