不幸の予兆

過去編・9

激しい炎の森。
逃げ惑う人々。
悲鳴、そして…。

美雨は悪夢を恐ろしさに思わず飛び起きた。

「…今のは?」

何だというのだろうか。
一族は平和な日々を手に入れた。
楽園と穏やかな日々。
もう逃げ惑う必要は無い。
なのに、この不安は何なのか。

「…怖い」

美雨の声を聞いたのか、
隣で眠る丈がふと目を覚ました。

「美雨…?」
「丈…」

思わず抱き締めていた。
震える彼女を。

「夢…見たのか?」
「うん…」
「怖い夢?」
「うん…」

「夢は…所詮、夢だよ」
「でも…」
「気にするなよ、美雨」

優しく抱き締められると安心出来る。
何時からこんなに逞しくなったのだろう。
自分の知る丈はもっと繊細で
こんなに男らしいとは感じていなかった。

意識してしまう。
一人の男として。

「丈…」
「ん、何?」
「私の見た夢、
 一緒に見てくれる?」
「あぁ」

迷いの無い言葉。

美雨は頷くとそっと念じ始めた。
丈も両目を閉じ、
美雨の送る映像を受け止める。

「…」

見終わった後も丈は表情を変えなかった。

「夢、だよ。
 そうならない為に兄貴が居る。
 そうだろ?」
「…そうね」

丈は隠していた。
自身に芽生えている不安を。
美雨の夢の真意も。

隠し通すつもりでいた。
この平和な時間を守る為に。

* * * * * *

「見回りご苦労さん、轟」
「精が出るな、疾風」
「まぁ…な」

この楽園に着てどの位の年月が過ぎただろう。
それでも疾風は忘れてはいなかった。

故郷を追われた事も。
追っ手から必死に逃れた事も。
あの気の遠くなるような旅の事も。

「これで終わりにしたいものだが」
「…そうは上手く行かないかもな」
「お前もそう思うか、轟」
「…あぁ。残念ながら、お前と全く同じ意見だ」
「そうだ。…そうだな」

疾風は悲しそうに呟いた。

「丈はそれでも『人間』を信じている。
 アイツには諦めるという考えが無い」
「人が良いんだよ」
「それだけじゃない…。
 きっと、『信じたい』んだ」
「人間をか?」
「あぁ…」
「散々裏切られたのに…それでも…」
「アイツは信じてる。
 一族の明るい未来を。
 だが…人間は変わらない」
「丈の願いは…叶わないのか」
「多分な」

「…辛いな、疾風」
「俺は平気だよ。
 ただ、丈の哀しむ顔を見たくないだけだ」
「妹よりも恋人か。お前らしい…」
「美雨は丈よりも現実的だ。
 アイツは予知夢が見れるからな」
「巫女の力って奴か」
「…近い内に何かが起こりそうだと言ってた。
 俺の予感が外れてくれれば良いが…」

月は優しく輝いている。
だが疾風の目にはその光が
自分達への哀れみに感じてならなかった。
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