跡 目

過去編・5

一族が力を合わせ、
小高い丘に村が出来た。
小さいながらも家が建ち、
蔵が建った。

「此処が楽園か…」

丈の声に、疾風が嬉しそうに微笑んだ。

「楽園。良い響きだ」
「だろう?」
「俺達の楽園…」

「あ、こらっ!」

思わず優しく抱擁され、
丈は慌てて翼を翻して逃げる。

「何だよ?」
「こ、こんな時間から…」
「お前は恥ずかしがり屋だな。
 昔から変わらないよ」
「疾風が自信家なだけだ」
「そうだよ。お前がそうさせるんだ」

捕まるまいと逃げる丈を
難無く空で捕まえる疾風。
空中で優しく抱き寄せる。

「此処なら邪魔もされない…」

疾風の囁きに照れながらも丈は頷いていた。

* * * * * *

「そろそろ次の族長を考える時期が来た様だな」
「…長?」
「何時までも昔のままでは行かないだろう。
 この一族にも新しい風が必要だ」

「では、丈が…」
「いや…。相続させるつもりは無い」
「何と?」
「アイツは優し過ぎる。
 優しいだけでは長になれない」
「では…」
「術師としては優れている。
 しかしそれだけでは…駄目だ」

「他に候補が居ると…」
「適任者がな」
「誰ですか?」

「…疾風だ」
「疾風…」
「一族の巫女の兄。
 優れた術師であり、冷静かつ的確な判断が出来る男。
 適任だろう」
「しかしそれでは他の者が。
 特に長老方は…」
「何とか説得させるさ」

恵一は空で戯れる二人を見つめながら
そっと呟いた。

「今の内だけだ。精一杯、自由を味わうんだ…」

寂しげな一言だった。

* * * * * *

「ワシ等がその提案に賛成するとお思いか?」

長老の一人が恵一に噛み付く。

「反対は承知の上です。
 私も、先代の父親からこの役を預かりましたから」
「だったら…」
「だからです。
 アレは人の上に立てる器じゃない」
「だからと言って疾風は…」
「ご不満ですか?」
「アレは心が冷た過ぎる。
 上の右腕に据えて置けば良い」
「判断力の的確さは、ずば抜けてます」
「しかし育ちが…」
「巫女、美雨の兄です」
「巫女は特別な存在だ。
 家族だからと言って特別扱いは出来ん」

巫女は相続ではなく、偶然に生まれ出でる者。
美雨は偶然巫女の力を秘めて生まれて来た。
長老は其処を指して来たのだ。

「なら、私に考えがあります」

恵一はスッと表情が固くした。

「何だね?」
「丈を美雨と結婚させます」
「な…っ?」
「勿論、便宜上です。
 美雨には巫女の役目がありますし
 丈には一切手を出させません」
「養子、か…」
「はい。これで疾風は私の息子です。
 息子が跡目を継ぐ。何もおかしく有りますまい」

「……」
長老達は口を閉ざしてしまった。
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