小高い丘に村が出来た。
小さいながらも家が建ち、
蔵が建った。
「此処が楽園か…」
丈の声に、疾風が嬉しそうに微笑んだ。
「楽園。良い響きだ」
「だろう?」
「俺達の楽園…」
「あ、こらっ!」
思わず優しく抱擁され、
丈は慌てて翼を翻して逃げる。
「何だよ?」
「こ、こんな時間から…」
「お前は恥ずかしがり屋だな。
昔から変わらないよ」
「疾風が自信家なだけだ」
「そうだよ。お前がそうさせるんだ」
捕まるまいと逃げる丈を
難無く空で捕まえる疾風。
空中で優しく抱き寄せる。
「此処なら邪魔もされない…」
疾風の囁きに照れながらも丈は頷いていた。
「そろそろ次の族長を考える時期が来た様だな」
「…長?」
「何時までも昔のままでは行かないだろう。
この一族にも新しい風が必要だ」
「では、丈が…」
「いや…。相続させるつもりは無い」
「何と?」
「アイツは優し過ぎる。
優しいだけでは長になれない」
「では…」
「術師としては優れている。
しかしそれだけでは…駄目だ」
「他に候補が居ると…」
「適任者がな」
「誰ですか?」
「…疾風だ」
「疾風…」
「一族の巫女の兄。
優れた術師であり、冷静かつ的確な判断が出来る男。
適任だろう」
「しかしそれでは他の者が。
特に長老方は…」
「何とか説得させるさ」
恵一は空で戯れる二人を見つめながら
そっと呟いた。
「今の内だけだ。精一杯、自由を味わうんだ…」
寂しげな一言だった。
「ワシ等がその提案に賛成するとお思いか?」
長老の一人が恵一に噛み付く。
「反対は承知の上です。
私も、先代の父親からこの役を預かりましたから」
「だったら…」
「だからです。
アレは人の上に立てる器じゃない」
「だからと言って疾風は…」
「ご不満ですか?」
「アレは心が冷た過ぎる。
上の右腕に据えて置けば良い」
「判断力の的確さは、ずば抜けてます」
「しかし育ちが…」
「巫女、美雨の兄です」
「巫女は特別な存在だ。
家族だからと言って特別扱いは出来ん」
巫女は相続ではなく、偶然に生まれ出でる者。
美雨は偶然巫女の力を秘めて生まれて来た。
長老は其処を指して来たのだ。
「なら、私に考えがあります」
恵一はスッと表情が固くした。
「何だね?」
「丈を美雨と結婚させます」
「な…っ?」
「勿論、便宜上です。
美雨には巫女の役目がありますし
丈には一切手を出させません」
「養子、か…」
「はい。これで疾風は私の息子です。
息子が跡目を継ぐ。何もおかしく有りますまい」
「……」
長老達は口を閉ざしてしまった。