ほぼ同時刻だった。
「…解りました」
疾風はそう一言だけ告げた。
頭の何処かで覚悟していたからか。
意外と冷静な対応をしている自分に
今更ながら驚いた。
「兄さん…」
「美雨。話の通りだ。お前は丈と…」
「…良いの?」
「仕方が無い事だ。
丈を護るには、コレしか…」
「…兄さんらしいわ」
「お前も異存は…」
「無いわ」
美雨は寂しそうに微笑んだ。
「形だけでも夫婦になれるんだから。
初恋の人と…」
「美雨…。済まない…」
詫びる事しか出来なかった。
それしか言葉が出なかった。
一族を挙げての盛大な結婚の儀礼が行われた。
丈と美雨、2人に笑顔は無い。
気持ちは解っているつもりだった。
だが、こんな形で果たされるとは
どちらも思っていなかったに違いない。
少なくとも、丈には。
「丈、美雨…」
漣は心配そうな声を上げる。
「…」
轟も黙ったままだ。
祝福されない結婚。
そんな形だけの儀式に付き合わされる事自体
二人には不愉快だった。
参加拒否が出来ればしていただろう。
長老からの「強制的」な出席を聞かなかったら。
「…本当にこれで良かったの、疾風?」
漣はそっと呟く。
疾風の耳には届いていた。
漣の声も。
美雨の哀しみも。
丈の…心の痛みも。
それらを犠牲にして、今の自分が居る。
後継者としての自分が。
望まない未来が。
「…丈」
やっとの思いで疾風は口にした。
愛しい『弟』の名を。
「…幸せに、なってくれ」
そう言うのがやっとだった。
「ねぇ…」
その晩、漣は轟にそう声を掛けた。
「ん?」
「本当に良かったのかな?」
「解らん」
「轟…」
「そんなの、俺が解る訳ねぇだろ?」
「…」
「丈も、美雨も…疾風も
皆、苦しいんだ」
「苦しい…?」
「アイツ等…皆、優しいんだよ。
お互いに、お互いの事ばっかり気にして
自分の事はお座成りで…。
お人好し過ぎるんだ」
「轟…」
「だから…俺はアイツ等が好きだ。
立場が変わっても、大好きだ」
「…そうだね」
「何も変わらない。俺達の関係は…」
「変わらない…か。
そうか。…そうだね」
漣は泣いている様だった。
「俺達もお人好し、かな?」
轟の独り言に漣はそっと頷いた。
長い、長い夜に感じた。
明ける事の無い闇のように。
漣はそっと轟の手に触れる。
「轟も、一緒だよね。変わらないよね」
「変わらんさ」
轟も又そっと漣の手を握り返した。
「生まれた時からずっと一緒なんだ。
こんな事位で、俺達の関係が変わってどうする?
誰にも変えられやしないんだ。
安心しろ、漣。俺がお前の傍に居るんだから」
「…うん」