後継者

過去編・7

疾風達の下に使者が来たのは
ほぼ同時刻だった。

「…解りました」

疾風はそう一言だけ告げた。

頭の何処かで覚悟していたからか。
意外と冷静な対応をしている自分に
今更ながら驚いた。

「兄さん…」
「美雨。話の通りだ。お前は丈と…」
「…良いの?」
「仕方が無い事だ。
 丈を護るには、コレしか…」
「…兄さんらしいわ」
「お前も異存は…」
「無いわ」

美雨は寂しそうに微笑んだ。

「形だけでも夫婦になれるんだから。
 初恋の人と…」
「美雨…。済まない…」

詫びる事しか出来なかった。
それしか言葉が出なかった。

* * * * * *

一族を挙げての盛大な結婚の儀礼が行われた。
丈と美雨、2人に笑顔は無い。
気持ちは解っているつもりだった。
だが、こんな形で果たされるとは
どちらも思っていなかったに違いない。
少なくとも、丈には。

「丈、美雨…」

漣は心配そうな声を上げる。

「…」

轟も黙ったままだ。

祝福されない結婚。
そんな形だけの儀式に付き合わされる事自体
二人には不愉快だった。

参加拒否が出来ればしていただろう。
長老からの「強制的」な出席を聞かなかったら。

「…本当にこれで良かったの、疾風?」

漣はそっと呟く。

疾風の耳には届いていた。

漣の声も。
美雨の哀しみも。
丈の…心の痛みも。

それらを犠牲にして、今の自分が居る。
後継者としての自分が。
望まない未来が。

「…丈」

やっとの思いで疾風は口にした。

愛しい『弟』の名を。

「…幸せに、なってくれ」

そう言うのがやっとだった。

* * * * * *

「ねぇ…」

その晩、漣は轟にそう声を掛けた。

「ん?」
「本当に良かったのかな?」
「解らん」
「轟…」
「そんなの、俺が解る訳ねぇだろ?」
「…」

「丈も、美雨も…疾風も
 皆、苦しいんだ」
「苦しい…?」
「アイツ等…皆、優しいんだよ。
 お互いに、お互いの事ばっかり気にして
 自分の事はお座成りで…。
 お人好し過ぎるんだ」
「轟…」

「だから…俺はアイツ等が好きだ。
 立場が変わっても、大好きだ」
「…そうだね」
「何も変わらない。俺達の関係は…」
「変わらない…か。
 そうか。…そうだね」

漣は泣いている様だった。

「俺達もお人好し、かな?」

轟の独り言に漣はそっと頷いた。

長い、長い夜に感じた。
明ける事の無い闇のように。
漣はそっと轟の手に触れる。

「轟も、一緒だよね。変わらないよね」
「変わらんさ」

轟も又そっと漣の手を握り返した。

「生まれた時からずっと一緒なんだ。
 こんな事位で、俺達の関係が変わってどうする?
 誰にも変えられやしないんだ。
 安心しろ、漣。俺がお前の傍に居るんだから」
「…うん」
Home Index ←Back Next→