丈の夢

過去編・8

丈と美雨の結婚。
そして疾風の次期長選出。
全てが恵一の思惑通りに進んだ。
だが、心の何処かで晴れなかった。

「…」

これで本当に良かったのか。
今更ながら後悔が胸を刺す。

一族と一人息子。
どちらか一つなど選べない。

そして…。

「…血の繋がらない、息子…か」

恵一は思い出していた。

亡き妻が拾った赤子の事。
その子供に『丈』と名付けた事。

そう。
丈と恵一は血の繋がらない親子だった。
亜種人類の能力は有しているから
別の部族の子供だったのかも知れない。

そして彼の能力は子供の時から段違いだった。
恵一をも凌ぐ潜在能力を秘めていた。
自分の意思で使う事は無かったが。

「丈…」

彼は何を思うだろう。
自分を恨むだろうか。

恵一は黙って空を見つめていた。

* * * * * *

儀式が終わっても何も変わらない。
丈は相変わらず丈のままだった。
何か少しでも変化があると思ったのか、
皆が不思議そうに彼を見つめる。

のんびりと風に乗り、翼を広げ宙に浮く。
瞳は太陽を見つめていた。

「丈」
「疾風…」

翼を羽ばたかせ、疾風が近く迄やって来た。

「何してるんだ?」
「見てた」
「何を?」
「遠くを…」
「遠く?」
「あぁ…」

丈は姿勢を疾風の方に向けた。

「俺、旅に出るんだ」
「?」
「夢なんだ。
 此処よりも、もっと人の多い所へ行って
 俺達の存在を理解してもらうんだ」
「何を…」

『莫迦な』と続けたかった。

だが、言えなかった。
丈の目は真剣だった。
冗談なんかではない。

「もう、逃げてばかりの生活なんて嫌だ。
 俺達、何もしてない。
 ただ、少し他人と違うだけで…」
「それが一番の理由だ。
 人間は自分と違うものを恐れる」
「だったら解り合えば良い」
「丈…」
「俺は変えたい。一族の運命を。
 自分自身の道を」
「…」

「だから旅に出るんだ」
「美雨は、どうするんだ?」
「連れて行くさ」
「…丈」

「美雨を自由にしたい。
 巫女なんて立場に縛られず、
 自由になって欲しい」
「丈、お前は…」

「疾風、一緒に行こう」
「…俺は」
「我侭言ってるのは解ってる」

寂しそうに丈は微笑んだ。

「でも、誰かが動かないと
 運命は変わらない。
 俺は…一族を愛してる。
 俺のやり方で、幸せにしたい」
「それがお前の…」
「あぁ。夢、だ」

優し過ぎる、そう思った。

自分の夢。
それが一族の平和の為。

丈の気持ちは余りにも真っ直ぐで
眩しい位だった。

「丈…」

それ以上言葉が続かず、
疾風は丈を抱き締めた。

「約束だよ。いつか必ず…。
 必ず、皆で旅に出よう。
 疾風と、美雨と、漣と、轟と…」
「約束しよう。お前と、仲間達と共に…」

「必ずだよ」

丈はそう言うと、漸く太陽の様な微笑みを見せた。
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