水の音

異世界編・2-5

穏やかな寝息を立てる丈を確認すると
疾風はベッドから抜け出した。

雨音が…響く。

「今日も雨…か」

真っ暗な空を見上げ、疾風は煙草を口にした。

「…美雨」

行方不明になってから
もう5年近くなる。

彼女は無事だろうか。
今、何処に居るのだろうか。

そんな寂しさを紛らわす為に
丈の傍に居る自分。
丈がその事実を知れば…
軽蔑するだろうか。
それとも…
共に泣いてくれるだろうか。

「…後者だな」

確信の有る独り言。
丈はそう云う男だ。

人の痛みに敏感で、
自分の痛みは堪える男。

その強さに惹かれた。
その優しさに惹かれた。

妹、美雨の事を忘れた時など
一瞬たりとも無い。
この戦乱の中。
どうか無事に生きて欲しい。
願わくば、会いたい。
そんな願いを胸に生きる日々。

「丈…」

彼がこの世界に居てくれて良かった。
疾風は丈に感謝していた。

愛する存在。
妹とは違う、守りたい者。

煙草の煙が心地良く肺に入ってくる。

「美味いな…」

ふと、又 独り言。
今日は自分でも饒舌だと思う。

雨は嫌いだった。
だが…丈が来てから
それ程、雨を憂鬱に感じなくなったのも事実。

「アイツの御蔭だな…」

疾風は再び煙草に火を点けた。
大きく煙を吸い込み、吐き出す。
心地良い瞬間。

「愛してる」

唱える様に呟く。

「愛してるよ、丈」

疾風は誰にも見せない優しい微笑を浮かべ
そっと呟いていた。

* * * * * *

まどろみの中、届く声。

『タバサ…?』
『丈…』

『タバサ。話したかった。君と…』
『私も、貴方とお話したかった』

鈴の音の様に響く優しい声。

『丈、無事に帰れたのね』
『あぁ。心配掛けた』
『大丈夫よ。
 だって丈は守られてるから』
『…そうだね』
『うん…』

イメージは森の中。
泉の水音が脳裏に響く。

『君の居る場所は…平和?』
『…そうかも知れない』
『?』
『私は外を知らないから』
『そうか…』

『寂しくはなかった。でも…』
『でも?』
『貴方に逢いたいわ、丈…』
『タバサ…』

『会って、実際にお話したい。
 きっと遠くない未来で
 会える様な気がするの…』
『奇遇だな。
 俺も、そんな気がする…』
『不思議ね…』
『あぁ…』

タバサは微笑んだ、様だった。

姿は見えない。
ただ、声だけが脳裏に伝わってくる。

『無理、して無い?』
『大丈夫だよ。仲間達も居るし』
『仲間…。素敵な言葉ね』
『あぁ。素敵な仲間達だ。
 君に、紹介したい』
『約束よ。紹介してね』
『必ず…』
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