祈りの歌

異世界編・2-6

「夢…」

目が覚めた丈の脳裏に
タバサの声は聞こえなかった。

「久々に会えたのにな…」

残念そうに呟くと部屋を見渡す。

「疾風?」

呼んでも返事が無い。

「…招集でも掛かったかな?」

丈は服を着替え、部屋の外に出た。

エントランスで疾風の姿を目撃する。

「起きたか」
「疾風…」

「黙って抜け出して悪かったな」
「いや…気にしてないよ」
「丈…」

丈は微笑んでいる。
変わらない優しい笑み。

「タバサと、話した」
「タバサ?」
「あぁ。…歌姫の名前」
「歌姫。そうか、タバサと云う名か」

「心配してくれてた。俺の事」
「そうか…」
「近い内に、会えるかも知れないな」
「?」
「そんな気がする」
「案外、当たるかもな」
「だろ?」

「…会いたいか?」
「あぁ。会って皆に聞かせてあげたい。
 彼女の歌を…」
「癒しの女神だな」
「そうだね」

疾風も又、会いたいと思っていた。
タバサと云う名の歌姫に。

「会えるさ。俺には解るんだ。
 近い未来に、必ず…」
「丈…」

その力強い言葉を聞き、
疾風は思わず抱き締めていた。

こんなに愛しい存在。
疾風にとって丈は今や
なくてはならない存在になっていた。

只の戦友でもない。
甘いだけの恋人同士とも違う。

魂を分け合った、絆を感じる。

丈も又そっと、しかし力強く
疾風を抱き締めていた。
静かな雨音が響く中
エントランスで二人は絆を感じ合っていた。

* * * * * *

森の中の泉。
別世界を思わせる風景。

タバサは此処に居た。

泉の側で木に凭れ、
ハミングをしながら空を見上げる。

「いつか…会える…。丈と…。
 夢に迄見た、私の運命の人と…」

タバサは歌を歌い始めた。
透き通る様な声に
森の動物達が近付いて来る。

祈り、願い、歌う。
それがタバサの生活。

外の事情は知らないが
彼女は憂いでいた。
そんな彼女に声を掛けてくれたのが
まだ会わない運命の人、丈だった。

テレパシーだけの会話。
それでもタバサは丈を信じていた。
彼の心を感じ取っていたから。

「いつか会える。
 どうかその時まで…貴方は貴方のままで…。
 どうか、無事でいて。
 私の愛しい人よ…」

タバサの歌声に動物達は安心していた。
小鳥が鈴の様な声に合わせ歌を歌う。

「ふふ…」

タバサは微笑みながら
歌を歌い続けた。

この歌声が丈達に届く様に。
人々の心に潤いを与える様にと。

彼女は祈りながら
森の中、ただ一人で
歌を歌い続けた。
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