丈の容態は回復に向かわなかった。
ただ、現状維持を保っている。
「…この状態で生きている事 事態、
奇跡だよ……」
漣も言葉が詰まる。
「翼は、もう使えないだろう。
根本的に破壊されている。
再生は見込めない。
セルファーじゃ…僕の力じゃ……」
「漣…」
「轟…。僕は無力だ。
仲間一人、満足に救えない…」
「それは違う」
異を唱えたのは疾風だった。
「漣のセルファーが無ければ
丈は間違いなく死んでいた。
現状維持でも良い。
生きてさえいてくれれば…」
「疾風……」
「このやり口。残忍な手段。卑怯な戦法。
スペード、か……」
「間違いないな…」
「絶対に許さない。俺は、奴を…」
「あぁ…。許す訳にはいかねぇ」
疾風も、轟も静かに怒りを燃やしていた。
丈の意識は眠った訳ではなかった。
水中に漂う感覚を全身で受け止めていた。
「…体、軽い」
浮力で体が浮いている。
不思議な感覚だった。
「俺…助かったのかな?」
あの戦闘の後、意識が無い。
だがこうして自分が存在しているのなら
生きているに違いない。
彼はそう考える事にした。
『大丈夫…』
突然、誰かの温もりを感じた。
抱き締められている。
暖かい。安心出来る。
この温もりは…
遠い昔、感じたもの……。
『大丈夫。今は少しお眠りなさい…』
「…はい」
丈は静かに目を閉じた。
不思議な、自分を守ってくれる
温もりに包まれながら。
まるで赤子の様に…。
一方。
タバサは『再生』を歌い続けていた。
テレパシーで丈の状態を感じた。
彼が瀕死の重傷を負った事も知っている。
自分が出来るのは『再生』を歌う事だけ。
この歌には不思議な力が有った。
生き物を癒す力を秘めた歌。
せめてこの歌が届けば…。
だが、丈の声は無い。
『無事でいて…丈……』
タバサは涙を堪え、歌い続けた。
まだ見ぬ想い人の為に。
ただ、彼の為だけに…。
「成程、目覚めたのか」
総帥の言葉に
スペードとクラブは黙って頷いた。
「スザク…火の鳥、か。
ふふ…漸く目覚めたか」
「総帥?」
真意が解らないスペードは
思わず声を掛けた。
「火の鳥、すなわち不死鳥。
それがスザクの正体だ。
そして傷付けば傷付くだけ強くなる。
越えられるか、奴を?」
総帥の笑みは何かを物語っている。
スペードは武者震いを抑えながら
恭しく頭を垂れた。