昏睡状態

タバサ編・1

セルファーの維持装置を最大にしても
丈の容態は回復に向かわなかった。
ただ、現状維持を保っている。

「…この状態で生きている事 事態、
 奇跡だよ……」

漣も言葉が詰まる。

「翼は、もう使えないだろう。
 根本的に破壊されている。
 再生は見込めない。
 セルファーじゃ…僕の力じゃ……」
「漣…」
「轟…。僕は無力だ。
 仲間一人、満足に救えない…」

「それは違う」

異を唱えたのは疾風だった。

「漣のセルファーが無ければ
 丈は間違いなく死んでいた。
 現状維持でも良い。
 生きてさえいてくれれば…」
「疾風……」

「このやり口。残忍な手段。卑怯な戦法。
 スペード、か……」
「間違いないな…」
「絶対に許さない。俺は、奴を…」
「あぁ…。許す訳にはいかねぇ」

疾風も、轟も静かに怒りを燃やしていた。

* * * * * *

丈の意識は眠った訳ではなかった。
水中に漂う感覚を全身で受け止めていた。

「…体、軽い」

浮力で体が浮いている。
不思議な感覚だった。

「俺…助かったのかな?」

あの戦闘の後、意識が無い。
だがこうして自分が存在しているのなら
生きているに違いない。
彼はそう考える事にした。

『大丈夫…』

突然、誰かの温もりを感じた。
抱き締められている。
暖かい。安心出来る。

この温もりは…
遠い昔、感じたもの……。

『大丈夫。今は少しお眠りなさい…』
「…はい」

丈は静かに目を閉じた。
不思議な、自分を守ってくれる
温もりに包まれながら。

まるで赤子の様に…。

* * * * * *

一方。

タバサは『再生』を歌い続けていた。

テレパシーで丈の状態を感じた。
彼が瀕死の重傷を負った事も知っている。
自分が出来るのは『再生』を歌う事だけ。

この歌には不思議な力が有った。
生き物を癒す力を秘めた歌。
せめてこの歌が届けば…。

だが、丈の声は無い。

『無事でいて…丈……』

タバサは涙を堪え、歌い続けた。
まだ見ぬ想い人の為に。
ただ、彼の為だけに…。

* * * * * *

「成程、目覚めたのか」

総帥の言葉に
スペードとクラブは黙って頷いた。

「スザク…火の鳥、か。
 ふふ…漸く目覚めたか」
「総帥?」

真意が解らないスペードは
思わず声を掛けた。

「火の鳥、すなわち不死鳥。
 それがスザクの正体だ。
 そして傷付けば傷付くだけ強くなる。
 越えられるか、奴を?」

総帥の笑みは何かを物語っている。
スペードは武者震いを抑えながら
恭しく頭を垂れた。
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