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タバサ編・20

勾玉の力を解放して、劇的に何かが変わった訳では無い。
唯…一人を除いては。

丈は、はっきりと思い出していた。
今迄自分に語りかけてきた女性の声も、姿も。
そしてその言葉の裏に隠された真実も。
自分の…正体でさえ。

そしてそれは同時に、誰にも伝える事の出来ない事実だった。
愛する者達には決して言えない。
愛しているからこそ、絶対に伝えるべきではない。

「いつまで、通用するかな?」

自分の胸に秘めた事実と願い。
それは自分を愛してくれる存在を裏切る結果になるだろう。
間違い無く、そうなると彼は確信していた。

「今迄が…幸せ過ぎたんだ、きっと……」

勾玉は鈍い色を放っている。
彼の左手に存在する、『亜種人類』としての証。
そのカラクリでさえも、記憶の奥に隠されていた。

「…あの時」

自分が嘗てパラサイダーに拉致された時、
あれを契機に彼は過去を忘れてしまっていた。
同時に脳の活性化が一気に進み、能力開花に結びついた。

その事実を改めて思い出す。

「…遠回しな手段。でも、それしかなかったのかも知れないな」

彼は誰がその処置を施したのかを察知していた。

急激に蘇ったあらゆる記憶、情報が
自然と彼を周囲から遠ざける。

恐怖が、其処に存在していた。

「誰も知らなくて良い。
 この事実だけは…その時が来る迄は。
 その時に、事実だけを見てくれれば良い…」

理解されないだろう。
それは自覚している。

それでも。

「俺は只……」

自然と涙が頬を伝った。
額を彩る紅い第三の瞳が静かに闇夜を見つめている。

「今更逃げる事なんて出来ない。
 それは解ってる。
 だけど……」

丈は声を押し殺して呟いた。

「俺は…思い出したくなんて…なかったんだ……」

彼の目には既に未来が見えていた。
自分の未来、仲間の未来。
そして…この世界の未来も。

* * * * * *

「丈」

扉の向こう側から声がする。
疾風だった。

「話がある。
 とは言っても大した話じゃない。
 お前と…他愛ない話がしたい」
「……鍵を解除するよ。
 一寸待ってて」
「あぁ」

疾風はきっと丈の変化を見抜いているだろう。
特に彼の悲しみに関しては
誰よりも敏感に察知している。

今迄もそうだった。
だから今、此処に彼が居るのだろう。

「B地区に赴くとなると暫くは会えないからな。
 今日は目一杯お前と一緒に居たい」

ストレートな感情を、今でも疾風はぶつけてくる。

優しさと強さを兼ね備えた男。
そんな彼だからこそ、此処まで信じる事が出来る。
委ねる事が出来る。
そして…。

『己の全てを掛けても、護りたい…唯一人の存在』

丈は静かに微笑を浮かべていた。

唯一人で挑む戦い。
その覚悟が付いた瞬間でもあった。

「無理はしない。
 出来る範囲で頑張ってくるよ」
「良い心掛けだ」

「…全てが終わったら、旅がしたいね」
「旅?」

「色んな場所を旅したい。
 誰に追われる事も無く、自分達の思いのままに。
 過去のそれとは違う、もっと…楽しい、旅…」
「そうだな」

「皆で行こうよ」
「…あぁ。
 元々亜種人類は流浪の民。
 旅ってのは俺達にピッタリなスタイルだ」
「だろう?」

丈の提案に、疾風は嬉しそうな笑みを浮かべる。

「とっとと戦いなんて終わらせて、
 気ままな冒険にでも繰り出すか」

彼の言葉に、丈は優しい笑みを浮かべながら頷く。

「一緒に…行こうね」
「あぁ……」

その想いの擦れ違いに気付いているのは丈だけだろう。
だが、それで良いと彼は思っていた。
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