救世主

人類共存編・9

「レノだっ!」

子供達の内の誰かが
大きな声を上げて叫ぶ。

その視線上には
確かにレノをしっかりと抱き締めている
丈の姿が在った。

そしてもう1人。
空に浮かんでいる人物の姿が。

「人が…空を飛んでいる……?」

衛兵は驚きの表情を隠せない。

見事な4枚の紅い翼を羽ばたかせ
丈は静かに微笑んでいる。

「さぁ、レノ。
 皆の所に帰ろう」
「うんっ!!」

ゆっくりと3人の姿は
空から地上へと降りてくる。
天使の降臨の様に。

* * * * * *

「扉は何の意味も持たない…か。
 確かに、そうだったな」

B地区のリーダーは穏やかな笑みを浮かべている。

母親の元へと駆けて行くレノの後姿を
静かに見つめながら。

「我々は…何も出来なかった。
 何もしなかった。
 あの子の、あの親子の為に…」
「……」

丈は複雑な表情を浮かべながらも
静かに頷いた。

「丈…。其方は?」
「レジスタンス・リーダーの疾風です。
 扉の向こう側にはもう1人
 仲間が待機してます」
「たった3人で…パラサイダーの軍勢を…」
「今回は少数でしたから」
「しかし……」

驚きを隠せないリーダーに対し、
疾風は鋭い視線を向けた。

「確かに。
 俺達は『人間』ではない」
「疾風…」
「……」

疾風は鋭い眼差しを変える事無く
そのまま話を続ける。

「人を喰わないだけで。
 俺達亜種人類は…
 人間の脅威で在る事に変わりは無いだろうな」
「……」

「丈は、亜種と人間との共存を望んでいる」

疾風の視線がゆっくりと丈に移る。
それに答える様に、丈もゆっくりと頷く。

「俺は…丈の夢を、願いを、叶えてやりたい。
 唯、それだけだ」
「それが貴方の望み…だと?」
「そうだ。
 他には何も要らない。
 必要では無い」

凡そリーダーらしからぬ、
疾風の『個人的な』望み。

だが、その言葉は確実に
その場に居た人間の心に強く響き渡った。
無垢な願い。
それこそが、『鍵』となる。
輝ける未来への…。

「挨拶がまだでしたね」

リーダーは改めて疾風に右手を差し出す。

「この村落の守護を任されている
 『ウムラウト』と申します。
 他地区で生存者が同じ様に
 パラサイダーと交戦を続けている筈ですから
 使者を派遣して、協力体制を作り上げます」
「…ウムラウト」
「約束します。必ず、説得してみせます」

ウムラウトは満面の笑みを浮かべている。
困難な状況である事に違いは無い。
だが、彼は決意していた。

人類も、動く時なのだ。

「答えを見つけてみせます」
「答え…?」
「我々人間が生まれてきた意味を。
 パラサイダーの食料となる為だけに
 我々は生まれて来たのではないと…
 信じたいのです」
「…そうだな」

ウムラウトの心の叫びとも取れる重い言葉に
疾風は静かに返答し、
丈は哀しげな表情を浮かべていた。
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