丈の願い・1

決戦前夜編・6

「この映像は…」

生命維持装置に入れられた赤ん坊。
しかしその生命の火は今にも消えてしまいそうな程
弱々しいものであった。

『黒豹と鷹の遺伝子。
 まだ赤ん坊であるこの子には
 負担が大き過ぎたのです』
「亜種人類としての血の作用で?」
『そうです。
 ですから…私の生命を分け与えました』
「え…?」

映像が切り替わり、
自らの左目をソリティアに差し出すフィンフの姿。
そして、それを受け取り
息子の額に埋め込む彼の姿が次々と映し出された。

『私自身も長くはありませんでした。
 ですが、ソリティアは知らなかった筈です。
 最初は激しく拒絶されましたから…』

美雨は黙って話を聞いていた。
だが、ソリティアがフィンフの命が尽きるのを
本当に知らなかったとは思えなかった。

知っていたのかも知れない。
そして、先程話に出た『呪い』が頭を過ぎる。

自分達の存在が悪しき思いの元、
生み出された結果であると云う事。
人並みの『幸せ』さえも願う事が許されない。
実験動物で在るが故に。

「…丈は、全て知っているんですよね?」
『はい…。
 全て、思い出しました』

「……」

美雨は、丈の事を考えていた。
たった一人で真実に辿り着いた時
彼はどんな思いを抱いたのだろうか。

生きる事に絶望したのではないだろうか。

『移植手術は成功し、
 丈はその後 スクスクと成長してくれました。
 私は見守る事が出来ないけれど…
 彼は私の事をちゃんと認識してくれていた…』

フィンフの笑みは穏やかだった。

* * * * * *

「丈も今頃は真実に到達しただろう」

ソリティアは静かにモニターを見つめている。
全てを告白し、気持ちは落ち着いている。
最早待つしかない。
最愛の息子が下した『決断』を。

「ファースト様の額の瞳は…
 母上様の物だったのですね」
「そう、アレがあの子の生命維持装置。
 額を取り除けば、生きていく事が出来ん」
「その事実を知る者は…我々だけ」

「もう一人存在する」
「?!」

「瞳の提供主、フィンフだ」
「しかし、母上様は…」
「滅んだのは肉体のみ。
 魂は生きている、今でもな」

どんな時でも自分を支え、励ましてくれた存在。
責める事も無く、自分に付き従ってくれたフィンフ。
彼女の願いは、只一つ。

『この子に…未来を……』

ソリティアに残されたフィンフの最期の言葉。
彼はその言葉を受け継いだ、筈だった。

「何処で未来が狂ってしまったのか。
 彼女は去り、息子もまた…居なくなった」
「父上様…」
「セカンドよ、解るか?
 唯幸せになりたいと願うだけだった者から
 これだけのものを奪いながら…」
「……」

「あの子を死に追い遣った奴等の表情を
 生涯忘れる事は無い…。
 我々の人生を狂わせた研究者達と同じ
 澱んだ目と下卑た笑み…」
「……」

「あの子の血肉を喰らった者が
 亜種人類に成る事はなかった。
 人食を好む狂気として
 生まれ変わっただけだった」
「パラサイダーの誕生、ですか」
「そうだ…」

「父上様の復讐劇は…其処から始まった」
「滑稽だろう?
 自分達が戯れで生み出した物に
 食料として消されていくのだ。
 因果応報だと…思ったよ」
「確かに、その通りです」
「だがな…」

その時、セカンドには見えた。
悲しみに満ちた父親の表情が。
見えない目からではなく、直接脳に届いた。

「あの子は…そんな人類を救おうとしている」

レジスタンスの一員として
今も尚、過酷な現実と闘い続けている。
現実を知っても、その姿勢を変える事無く。

「解らなくなって来たよ、セカンド。
 私が行ったこの復讐も…その意義もな」
「父上様…」

セカンドが無意識に差し出した手を
ソリティアは優しく握り返していた。
Home Index ←Back Next→